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The El Andile Vision 第4章 Ep. 5

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 ――俺は一生かかっても、奴には手が届かねえってか。
 ティランの胸の中に、自嘲の思いが渦巻く。
(――確かに……そうかもしれねえ。そう……そんなこたあ、最初(はな)っから、わかってんだ。だが、わかってたって、どうしても――どうしても、認めたくねえんだよ……ええい、畜生っ!)
「兄さん……お願い……」
 ターナが哀願するようにティランを見た。
 ティランは一瞬躊躇った。
 そして、そんな彼に代わって――
「――本当に、狼はここにいないのか。隠すと為にならんぞ」
 ティランの背後から、いきなりぬっと大きな影が立った。
「あとでわかれば、リース・クレインの立場が悪くなる。よく考えろ」
 ひときわ目立つその巨漢。
 猛々しい面に浮かぶ肉食獣のようなその残忍な表情。
 アルゴン騎兵隊の軍服に身を包んだその姿は、一目で第三騎兵隊のモルディ・ルハトであるとわかった。
 モルディの背後にさらに、いつの間にやってきたものか、十数人の騎兵の姿が連なっているのが見える。
 通りを行く人々が忽ち、顔色を変えてばらばらと彼らの周囲から遠ざかっていく。
 武装した騎兵隊の一団が突然現れたのだ。
 巻き込まれたくないと思うのも無理はない。
 その物々しさは、誰が見ても何かひとかたならぬ騒ぎが起こる予感を感じさせるものだったのだ。
 モルディ・ルハトがじろりとテリーへ、次いでその後ろの店の戸口へと舐めるような視線を走らせた。
「もう一度聞くが、本当に、ここに奴はいないのだな?……店の主人はどこだ?当人から直接、答えを聞きたい」
 まともにモルディ・ルハトの野獣のようなぎらぎらした視線を受けて、さすがのテリーもたじろいだ。
 言葉が……すぐには、出てこない。
 彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
「――これは、何の騒ぎだ?」
 そのとき、彼女の後ろから、店の主人サウロ・クライヴ当人が姿を現した。
 テリーはターナと共に、慌てて横へ引き退がった。
 サウロ・クライヴは、モルディ・ルハトとその後ろを囲む騎兵達をじろりと一瞥すると、露骨に眉を上げた。
 息子が騎兵隊に所属しているとはいえ、もともとサウロは騎兵隊自体に強い嫌悪感を抱いている。
 それが、悪評高い第三騎兵隊となると、尚更のことであった。
「……何だ、おまえたちは。昼間から、営業妨害でもしにきたか?」
 サウロは不快気にモルディを睨みつけた。
 彼には、モルディ・ルハトの迫力もいっかな通用していないようだった。
 この居酒屋の主人には、どんな非常の際にあっても、物怖じしないだけの度量と豪胆さが備わっている。
 その気質は息子のリース・クレインにも色濃く伝わっていた。
 だからこそ、リースが騎兵として、ザーレン・ルードの右腕となり得るほどの地位にまで上っていくことができたのであろう。
 モルディにもそれが伝わったのか、彼はやや鼻白んで、サウロを見返した。
 彼は、一歩大きく前へ出た。
 サウロも比較的大柄な体躯をしているが、それでもモルディを前にすると、相手に対してやや目線を上げなければならなかった。
「今さらごまかしても、無駄だぞ。……リース・クレインの実家に、狼の首魁が匿われていたとなると、はなはだ奴の立場も悪くなるだろうが、まあ、正直にここに引き出すというのなら、大目に見てやってもいい。だが、隠すと問題が大きくなる。どうだ?どちらか、はっきり答えろ。イサス・ライヴァーは、ここにいるのか、いないのか!」
 モルディ・ルハトの語調は明らかに脅しを含んでいた。
 サウロはきっと相手を睨み返した。
「……そんなことにいちいち答えなきゃならん筋はねえな。おまえらには、関係ねえこった。たとえ、ここにイサスがいたとしても、おまえらに引き渡すつもりはねえからな」
 そう吐き捨てるように言う、サウロの目は挑戦的な光をさかんに閃かせていた。
 その明らかに相手を見下したかのような物言いに、モルディは忽ち気色ばんだ。
「何だと……?」
「親父!……何考えてんだよ、死にてえのか!」
 横から、ティランが口を出した。
 それへちらと視線を投げると、サウロはふんと鼻を鳴らした。
「……ティラン・パウロか。すっかり、こんな野郎の犬になり下がっちまいやがって……。いい加減、目を覚ましたらどうなんだ。妹の身にもなってやれ」
 ティランは、サウロから責めるような視線を浴びると、忽ち落ち着かなげな表情を浮かべた。
 しかし、彼は何とか気を取り直し、サウロに向かって叫んだ。
「……う、うるせえな!あんたから、とやかく言われたくないね!それより、自分のことを心配しなよ。あんまり突っ張ってると、店も何もかも潰しちまうことになるかもしれねえんだぜ!」
「ふん、こいつの言う通りだ。……どのみち、ザーレン・ルードも長くないかもしれん。これをきっかけに一気にあんたの店も、あんたの息子も全部ぶっ潰すことになるかもしれないのだぞ。少なくとも……いつそうなっても、不思議はないということだ。よく考えてものを言うがいい」
 モルディが、いかにも脅しの匂いを含ませながら一言一言押しつけるように吐き出す。
 しかも、そう言いつつ、彼の片手はまさに腰の剣柄に触れようとしていた。
「……イサス・ライヴァーを、出せ」
 モルディ・ルハトは、低く囁くようにそう命じた。
「いるのだろう?……いるはずだ。奴を今すぐ、ここへ出せ。――俺たちに引き渡すのだ!」
 モルディの瞳の中に、今や危険なほどの殺意の炎が燃え上がっているのが見えた。
 しかしサウロはひるまなかった。
「……できねえな」
 彼はただ一言、そう答えた。
 その一言には、彼の明らかな拒絶と反抗の意志が込められていた。
 サウロは深く息を吸い込み、相手をまっすぐ睨みつけた。
「おまえらなんぞには、イサスは、絶対に渡さねえ!」
 モルディが荒々しく息を吐いた。
「貴様……!」
 その手が瞬時に剣を引き抜く。
 剣の先端が一閃し、目の前の男をめがけて一気に突きかかっていこうとした。
 サウロは身じろぎもせず、その剣先をじっと見つめている。
「父さん!」
 テリーが悲鳴を上げた。
 ターナが両手で思わず顔を覆った。
「……やめろ!」
 その瞬間、モルディ・ルハトの剣がサウロの喉元でぴたりと止まった。
 ――その聞き覚えのある声が、モルディの注意を、居酒屋の亭主から瞬時に奪い取ったのだ。
 彼の目線はサウロ・クライヴを通り越して、その背後……店の戸口に突っ立っているすらりとした少年の姿に集中していた。
 黒い髪に、黒い焔のような瞳をじっと、モルディに向けている、その一匹の野性の狼……。
「――イサ!」
 ターナが悲痛な声を上げた。
 それへティランが刺すような視線を向ける。
「……やはり、いたか――狼!」
 モルディは、眼をぎらぎらと輝かせてイサスを見た。
「――今度こそ、俺の手で血祭りに上げてやりたい……といったところだが、残念ながらそうもいかない。おまえを生きたまま、連れ帰らねば、ユアンさまからお叱りを受けるからな。つくづく、悪運の強い奴だ。――さあ、おとなしく、こちらへ来い!」
 モルディが強要する。
 イサスは、しかしその場から動こうとはしない。