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The El Andile Vision 第4章 Ep. 5

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第4章「転変」---Episode.5 悪夢への扉



「……そろそろ、お昼時だね。店が立て込んでくる前に、あの子にお昼、持って行ってやったら?」
 ぱたぱたとテーブルの準備に立ち動くターナの傍に近寄ると、テリーはそっと耳打ちした。
 ターナの手の動きが一瞬止まった。
「……わたし――」
 彼女はテリーを見ると、戸惑ったように言葉を飲み込んだ。
 そんな彼女にテリーはにっこり笑いかけた。
「いいんだよ、今さら、言い訳しなくたって。全部わかってるんだから。ここは、今はあたしがやっとくからさ」
 ターナは感謝の瞳で微笑み返した。
「……すみません」
 彼女は軽く頭を下げ、奥へ入りかけたが、その前にふと戸口に視線を向けると、突然足を止めた。
「どうしたの?」
 彼女の顔色が変わったのに気付いて、テリーも怪訝そうに戸口を見る。
 開いた扉の向こうには、見たところ、特に変わった様子は見られない。
「……いえ、何でも……。ちょっと、外に出てきます」
 ターナは平静を装ってそう言うと、小走りに表へ出て行った。
 ――彼女が店から出た途端に、横から手が伸びてきて彼女の腕をぐいと掴んだ。
 ターナは息を飲み、その腕の主に目をやった。
「……兄さん……!」
 ターナの腕を掴んだまま、暗い視線を向けてきたのは、彼女の兄、ティラン・パウロだった。
 今ではアルゴン騎兵の赤と黒の軍服に身を包んだその姿は、一見すると別人かと見紛うかのようだ。
「ターナ……昨夜(ゆうべ)はどこにいた」
 彼はいきなり妹を詰問した。
 ターナは憮然とした表情で、兄を大胆に見返した。
「兄さん……何よ。ちゃんと書き置きしていったはずよ。お店が忙しいから、昨夜はここに泊まるって……」
「ああ、そんなことはわかってる。……だが、問題は、誰と一緒だったかってことだ」
 ティランの眉がきつく上がった。
「……何のことを言ってるのか、わからないけど?」
 ターナは少し戸惑った様子で、兄の眼からさりげなく顔をそむけた。
 ティランはそんな彼女を更に探るように見た。
「おまえ……『あいつ』と、いたんじゃねえのか」
 『あいつ』という言葉の中に限りない憎しみが込められているのを、彼女はすかさず感じ取った。
 そして、兄が誰のことを言っているのかということも。
 ターナはハッと目を上げて兄と視線を合わせた。
 その驚き、困惑したような彼女の表情がティランの確信を強めたようだった。
「……図星か。――イサは、ここにいるんだな?」
 その名を口に上らせた瞬間、ティランの瞳にさらに危険な光が宿った。
 ターナを掴む手にも自ずと力が入る。
「……痛い、放してよ!」
 ターナは兄の手から腕を振りほどこうともがいた。
「何のこと、言ってるの!……イサが、ここにいるわけないじゃない!」
 途端に、ティランの顔が怒りで微かに紅く染まった。
「正直に言え!……おまえ、奴と寝やがったな!ええ?……そうなんだろうが!」
「やめて!」
 ターナは叫ぶと同時に、ようやく兄の手から身を引き離した。
「ターナ!……おまえって奴は……!」
 ティランは拳を振り上げ、妹に掴みかかろうとした。
「やめな!」
 そんな二人の間に割って入ってきたのは、テリー・ヴァレルだった。
 彼女はターナを庇うように、昂然と頭を上げて、ティランの前に立ちはだかった。
 女性にしては大柄な体躯である彼女の姿は、ティランの前でも決してひけをとらず、堂々としたものだった。
「……妹を虐めるのは、いい加減やめたらどうだい?ティラン・パウロ!――あんた、どこまでこの子を苦しめたら気が済むの?」
 テリーはそう言うと、ティランを睨みつけた。
「……あんたには、関係ない話だ!俺たち兄妹のことは放っといてもらいたいね!」
 ティランも怒りに燃える瞳で、目の前の女を睨み返した。
「――それに、大体だな。俺はターナのことで、今ここにきているわけじゃない。問題は……あの野郎が……イサが、ここにいるのかどうかってことなんだよ!」
 彼の言葉に、テリーの眼が鋭く瞬いた。
「へーえ。あんたがイサのことにそんなに興味があるなんて思いもしなかったわ。何でそんなに急にイサのことを気にするようになったのよ!」
 テリーの口調は刺々しかった。
 彼女のいかにも人を馬鹿にしたような言い草に、ティランはむっとしたが、敢えて何も言い返さなかった。
 代わりに彼は、少し間を置いた後、改まった様子で口を開いた。
「――あいつがいるなら、ここに出してもらおう。これは、私的なことじゃねえ。俺はあいつを連れて来いという正式な命令を受けてきたんだ。あいつは『黒い狼』の首領で、今やこの州の中では、公的な罪人として追われてるわけだからな。隠すとあんたらも罪を受けることになるぜ。たとえ、リース・クレインの身内だからっていっても、例外じゃねえからな!」
「ハッ、よく言うわ。あんたもついこの間までその狼の仲間だったんじゃないか」
 テリーは吐き捨てるように言った。
 ティランはにやりと笑ってみせた。
「ああ、だがな、今じゃ違う。俺はアルゴン第三騎兵所属になったんだよ。こうして、公的な仕事まで任されるくらいにな。前みてえに、裏でコソコソこき使われてるような身分じゃねえんだよ!」
「格が上がったってわけだ。そりゃあ、おめでたいこと!その軍服もよーくお似合いのようだものね!中身はともかく、外面は立派なアルゴン騎兵さんだわよ」
 テリーは皮肉っぽく笑った。
 しかし、すぐに彼女の顔は険しくなった。
「……でもね、だからって元の仲間を売るなんて、あんた、最低だよ。恥を知りな!あんたのせいで、何人の子が騎兵の手にかかったと思ってるの。そのうえ、まだイサを売ろうってのかい?あんた、本当にクズ野郎だね。よくものこのここんなところに顔を出せたもんだ!あんたの顔見てると胸糞が悪くなってくるよ……悪いけど、ここにはあんたのお目当てのイサはいないんだ。ま、どのみちあんたなんかの手に簡単に捕まるような子じゃないけどね。いくら追っかけたって無駄さ。あの子はあんたの手には届かないよ。永久にね。あの子はあんたとは違うのさ。いくら軍服着て『騎兵さん』になったって、無理なんだよ。いいかい?……わかったら、早いとこ、失せちまいな!」
 テリーの激しい剣幕に、ティランはややひるんだ。
 背後にいたターナですら、驚いて息を呑んだほどであった。
「……ちっ……!」
 ティランは、舌打ちした。
 しかし、彼はそのとき、どう言い返してよいものか実はひどく困惑していたのだった。
 テリーの言葉はいちいち彼の痛いところを突いていた。
 そして、聞いているうちに、自分でも何だかひどく自分がますます卑小で虚しい存在のように思えてきたのだった。
 それは彼が無意識のうちに抱いていた罪悪感に近いような感情……仲間を裏切ったという拭いきれない胸の奥に残るしこり――
 ――彼が無理に心の奥に追いやろうとした深い苦渋の思いに、見事に触れてしまったのかもしれない。
 そして……彼がひそかに抱いてきたイサス・ライヴァーとの暗い葛藤。
 彼の中で根強く残るイサスへの憧憬と嫉妬――
 どうしても感じてしまう劣等感と、さらにそんな風にこだわり続けずにはおれない自分への苛立ちが混じった複雑な思い。