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有明バッティングセンター【前編】

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「それは悲しい出来事だったね。13歳の君はさぞかし悲しい思いをしただろう。
お母さんは日本人だって聞いたけど、お父さんとはどうやって知り合ったんだい?」

「母は、ソ連の日本大使館に勤める日本人外交官の娘としてソ連にやってきて、
要人のパーティで当時将校だった父と出会い、恋に落ちたの。両親の反対を押し
切って、ほとんど駆け落ち同然に父の故郷のキエフに身を寄せたの。そこで私は
生まれたのよ。父が死んでから私達は母の両親が住む日本へ身を寄せ、私は母の
旧姓、水木を名乗る様になったの。それからの母は、本当に気が抜けたようにな
ってしまって、いつも泣いていたわ。そしてある日、私にこう言ったの。「エレ
ーナ、クリスマスの日、お父さんがお前に言ったことを覚えているかい?あれは
間違いよ。お前は自分が本当に愛されていると確信した人と結婚しなさい。でも、
自分が本当に愛している人と結婚してはダメよ。こんなにつらい思い、お前には
して欲しくないわ。」とね。日本に引き上げてから3ヵ月後に母は父と同じよう
に突然血を吐き、この世を去ったわ。病院の診断では、放射性白血病ということ
だったの。祖父母に付き添われ、念のため私も診察してもらったら、私も父母と
同じ病気だと診断されたわ。でも幸い病状は進行してなくって、今の所は薬で抑
えている状態だけど・・・この時、私は決心したの、私は父の言ったとおり、私
が愛していると確信できた人と結婚するってね。わかるでしょ? 私、たぶんその
人よりは長く生きられないから・・・」

そこまで言うとエレーナは「ふーっ」と大きく息を吐き出し、まるで、いままで
つかえていた物が全てなくなってしまった様に、すっきりした表情でこちらを見
て笑った。

「フフフ、ごめんなさい、こんな話。私バカみたいね。」

一郎は笑えなかった。

「エレーナ、俺は先のことなんか何も考えないぜ。バカだから。思うがままに生
きるよ。俺が愛していればそれでいい。エレーナが、俺のことを愛していようが、
いまいが、そんなこと関係ない。お父さんは、きっと「自分に正直に生きなさい」
って言いたかったんだと思うよ。それで、悲しい結果になったとしても、自分を
ごまかして生きるよりいいじゃないか。」

真剣にそう行って、エレーナの横顔を見つめた。エレーナは、前を見ながら、突
然、「プッ」と吹き出し、

「一郎、・・・貴方、ほんとにバカね。 でもそんなところが大好きよ。」

と一郎の手を探り指を絡ませ、しっかりと握った。陽が高く昇り始め、電柱の影
を短く変え始めたアスファルトのセンターラインが涙で滲んで行くのを、エレー
ナは堪えることが出来なかった。その横で、一郎は満足そうに、微笑んで口笛を
吹き出した。

「ほんとにおバカさんね。もう。」

エレーナは、自分がさんざん悩んできた事が、なんだかバカらしくなって、一緒
に口笛を鳴らした。

曲名は、「スーダラ節」。植木等の名曲だ。

ムードもその場の雰囲気も何も考えない自由人、有明一郎であった。