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有明バッティングセンター【前編】

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車の中、二人はしばらく何も話さずに前方を見たまま、まだ車通りの少ない道を
走っていた。一郎は助手席で、たまにチラッとエレーナの横顔をのぞき見ながら、
何を話したら良いのか考えあぐねていた。

「私ね・・」

エレーナが前を見ながら、だれに言うともなくつぶやいた。

「うん?」

エレーナからの話しかけに、救われた思いで今度は堂々とエレーナの横顔を見つ
めた。

「13歳のときに父が他界してから、ずっと父の様な人に憧れていたの。父はウ
クライナ人でその頃、私達家族は今の首都のキエフに住んでいたの。当時、まだ
ウクライナは旧ソ連の属国で、国としての体裁をなしていなかったの。軍人だっ
た父はウクライナを独立させる為に、本当にたくさんの人たちと一緒になって汗
を流し、ウクライナの産業復興のために努力をしていたわ。」

一郎は、エレーナが何故こんな事を話し始めたのか、不思議に思った。そんな事
はお構い無しに、まるで独り言の様にエレーナはとつとつと話を進めて行った。

「クリスマスの日、父は朝から4時間も並んで私と母の為に七面鳥を買ってきて
くれたの。当時は市場へ行ってもほとんど食べるものが手に入らなくて、列があ
ればとにかく並ぶというような本当に切ない生活を皆強いられていたのよ。その
夜、母が調理してくれた七面鳥と、家の畑で取れたジャガイモを茹でて、薄暗い
リビングに3人肩を寄せ合って、ローソクの明かりを眺めながら、神様にお祈り
をしたわ。みんなが夢を取り戻して、幸せに暮らせる世の中になりますようにっ
てね。当時、チェルノブイリ原発が事故を起こして、電力事情は最悪だったの。
父はその復旧のために、何度も現地に足を運んでいたわ。お祈りの後、父は私に
こう言ったの、「エレーナ、お前はお前が正しいと思ったことをやりなさい。そ
して、どんな事があっても、お前が正しくないと思ったことは絶対にしてはいけ
ないよ。それから、自分が本当に愛していると確信できた人、自分が本当に愛さ
れているんだと確信できた人と結婚しなさい。お父さんとお母さんの様にね。」
といって、母にウィンクを送り、テーブルの下でそっと手を握ったの。それから
1週間後、父は突然血を吐き、1ヶ月後には逝ってしまったの。」

特に悲しい顔をするでもなく、淡々と話すエレーナの美しい横顔を眺めながら、
一郎はかねてから疑問に思っていた事を口にした。