有明バッティングセンター【前編】
ピッチングマシンは全部で4機あった。
3機は旧式のばね式投球型のマシンだった。昔テレビのCMで直球、カーブ、
シュートなどの球種が投げられてプラステックの赤いバットが付いたおもちゃが
宣伝されていたなぁ。
それの大きいやつと思ってもらえれば想像に難くない。
最高速度は時速130km。球種は球の置き方によってランダムに変わる、
というか、どんな球が投げられるかバッターは指定できないし、出たとこ勝負
なのである。
このセンターでは珍しく硬式球を使用していた。普通はコストの問題と、
バッティングの易しさから軟式球を選定しているところが多かったが、どうやら
親父は本格指向だったらしい。
残りの1機は親父が大枚を叩いて(というか借金して)導入した、当時最新式の
ドラム式ピッチングマシンだった。高速に回転する2つのタイヤの隙間にボール
を投入し、そこから時速150kmまでのスピードでボールを射出することが
でき、左右のタイヤのスピードと角度を変える事で、あらゆる球種を投球する
ことが出来た。
この方式そのものは今では高校野球の練習でも使用されるほどポピュラーな
ものになっているが、驚いたことに、このマシンには、球種をワンタッチで選定
することが出来るボタンが付いていた。
こいつが原因で家族離散の憂き目に合ったのか。
・・・なんというか、複雑な気分である。
しかし、これからはこのマシンに頼らざるを得ない。なにせ、これだけが唯一
まともなマシンなのだから。
「コーチはこの機械を作るのにかなり苦労してたんです。」と健太。
彼の話によると、このマシンを以ってしても実践でのバッティング技術はあまり
向上しなかったとのこと。
「何でだい?これだけの設備があって、毎日練習すればかなり効果あったんじゃ
ないの? 俺だって小学生の時は、こっちの旧式のマシンで大人も空振りする
ような高速球を打っていたよ。」
「今は、かなり効果を挙げてます。おじさん、何か違いが分かりますか?」。
健太が得意げに聞いてきた。
「うーん。ちょっと待てよ、バッティングスペースが少し広くなった様な気が
するなぁ。」
「違うんすよ。問題は球の落差だったんっすよ。投球距離が実際と同じじゃない
と、いくらスピードが同じでも、打者の感覚は微妙に違うんすよね。」
と勝ち誇ったように鼻をふくらませる浩二。
「ああ、バッティングスペースじゃなくて、距離だったのか。」
なるほどである。普通、バッティングセンターはスペースをケチるために、
実際の投球距離よりかなり短かくなっている。昔はこのセンターもその商業用
距離で設定されていたはずだが、良く見ると、休憩スペースや、バットを選ぶ
スペースがかなり狭くなり、その分ネットの内側が広くなっているのが分かった。
作品名:有明バッティングセンター【前編】 作家名:ohmysky