有明バッティングセンター【前編】
鏡に映った自分の腹を見る。
「ふーっ」と息を吸い込んで、腹に力を入れてみる。それなりにマッチョな感じ
になったが、力を抜いた瞬間・・・・・どう見ても完全にメタボ体型だ。
カップ麺の食いすぎだな・・・
これからは俺が看板娘・・いや、看板親父になってこのセンターの売り上げを
伸ばさにゃならん。まずは、体作りだ。
身長は親父譲りの大柄で、182cmある。体重は・・・ひ・み・つ。
幸い営業職で外回りが多かったせいか、足腰の筋肉は衰えていない様に見える。
バットを持って振ってみる。「ブーン」という音が聞こえることを期待したが、
バットはなんの音も発せず、俺の上腕二等筋が「ビキビキッ」と悲鳴を上げた。
まぁ、時間は腐るほどある。ゆっくり体を作って行こうじゃないか。
・・・カップ麺でも・・・いや、ダメダメ。
しばらくは好きなカップ麺も酒も禁止だ。
翌日から、朝・夕のジョギングを開始した。本当は、ゆっくり起きて昼ごろから
トレーニング開始と行きたいところだったが、いい年こいた中年おやじが昼間
毎日この辺を走ると、同情と恐怖の入り混じった目で近所の人から見られる恐れ
がある。警察でも呼ばれたら大変なことになる。まだ、顔が知られていないし、
こういった田舎町では俺はまだ、よそ者なのである。
ジョギングから戻ると、今度は筋力トレーニングだ。筋力トレーニングといって
もバーベルを上げたり、腕立て伏せをするわけではない。ひたすら素振りを繰り
返すだけだ。
昔、親父が色々な素振りを繰り返していたのを思い出した。同じようにやって
みる。左利きの俺は、引き手が右腕になるので、右腕だけでバットを振る。
次は左腕だけ、スタンスは左のままで、「ふっ、ふっ」と息を吐きながら、腰を
先に回転させ、繰り返し順番に振っていく。
うっすらと額に汗が滲んできた頃、やっとバットを両手で握り、頭上に掲げ、
体全体を大きく回転させて円を描く。これが親父のいつもやっていた準備運動だ。
思ったよりも重労働である。それからやっと通常の素振り動作に入るのである。
ボールはまだ打たない。俺の体がバットを自由にコントロールできるようになっ
てからでないと、変なくせが付く可能性があるからだ。
なんでも飽きずにコツコツ続ける事は、俺にとってはあまり苦にならず、
ボーっとしながらでも同じ事を繰り返す事ができた。
思えば、営業で顧客周りをコツコツと繰り返し、お得意さんを多数ゲットできた
のも、この性格のおかげなのだろう。
作品名:有明バッティングセンター【前編】 作家名:ohmysky