【無幻真天楼 第十三回・弐】雨が止んだなら
竜之助が廊下にほんのり漂う線香の匂いに仏間の前で足を止め部屋を覗き込む
仏壇の前には操の姿があり4本の線香から煙があがっていた
「…今年で…何年だっけか…」
そういいながら竜之助が仏間に入ると操が振り向いた
「俺が4歳んときだから10年…かないや9? …そんくらい」
操が仏壇にまた顔をむける
「もうそんなになるか…」
線香の灰がぱらりと落ちた
「…爺ちゃんと婆ちゃんと…母さんと父さん…」
「一人1本か」
操が頷く
「何だかな…俺…あーあ…よっく生きてたよな俺だけ…あんなでかい事故だったのによ…」
足の裏を合わせて体を揺すりながら操が呟いた
「まぁ…そうだな」
「母さん達の時間止まってんのに俺だけ動いてさ…でかくなって…いいんかな…」
位牌の横に置かれた写真立てに写る7人
母ハルミにそっくりな女性に抱かれ意気揚揚とピースをする子供を見つめて操が目を細めそしてうつむく
「全然覚えてねぇんだぜ…気付いたら病院でハル姉がベッドの横にいた…ついでにお前もな」
「俺はついでかよ;」
竜之助が突っ込む
「…車ん中で眠くなって…目が覚めたら母さんじゃなくハル姉が…泣いてた…寝て…たんだあんな事起きてたのに俺…すげぇよな人死んでる事故なのに寝てたんだぜ? どんだけ図太い精神なんだろな俺」
操はハハッと笑う
「母さん…俺を抱き抱えてたんだろ? …婆ちゃんも…母さんと俺をかばうようにって…」
操が写真立てを手に取るとそれを裏返した
写真立ての後ろにはられた小さな封筒に入っていたのは切り取られた新聞記事
【トラックと正面衝突のちガードレールへ、幼子残し4人死亡】
そんな見出しの記事を見た操の眉が下がった
「親が子を守りたいって思うのは自然なことだ、…と俺は思う」
竜之助が座ってあぐらをかき操を見る
「いやまて…人が大切なモノを守りたいと思うこと…か」
少し考えた竜之助が言い直した
「ナツミにとって大切なものってのがお前だったんだろう」
竜之助の手が伸び操の頭をくしゃっと撫でる
「お前にもあるだろ? 守りたいってモノが…人であれモノであれ…形のないものであれ…無いか?」
「操ちゃーん!! 操ちゃん操ちゃんーー!!」
ガラッと戸をあける音
ばたばたと廊下をかけてどこかの部屋で止まりそしてまたばたばたと
「…わっかんね」
反動を付けて立ち上がると伸び操が言う
「わかんねぇけどさきっとたぶん…あるんだろな俺にも」
写真立てをもとの場所に戻し操がじっとソレを見つめたそして名残惜しそうに手を話すと大きく息を吐き顔をあげる
「みさおちゃあーーん? いないのーー?」
「…おーおー…探されてる探されてる」
必死で自分を探していることが声からわかったのか操が苦笑いをしながら声の方に足を進める
「もしソレがわかったら俺も母さんみたく守ってやりたい…と思います、終わりッ! おー! 何だー!!」
声を張り上げながら操が廊下を歩いていく
「いるなら返事してよー!!」
「俺は留守時々居留守なんだよ、で? 何だ?」
「見て見てー!!」
廊下から聞こえる二つの声に竜之助がほほ笑み仏壇の写真に目を向ける
左端に写る今と全然変わらない自分の姿の横には制服姿の少女が笑いながら立っていた
「…変わっていくことと変わらないことは…どっちが酷なんだろうな…」
呟いた竜之助が立ち上がり仏間を出ると廊下にまだ二人がいた
「何してんだ?」
「あ、とーさん! 見てー!!」
近付き声をかけると京助がもっていたノートを広げた
「これが操ちゃんでね、これがとーさんでこっちが…」
京助がクレヨンで描かれた絵日記のおそらく人なのだろう図形を指さし名前をあげていく
その横で操が遠くを見たまま固まっている
「…うーん…よく描けてるなぁ…特に操なんかこれ、写真みたいだぞ京助」
竜之助がハッハと笑いながら操の頭をぽんぽん叩いた
「…アーソーデースネー」
遠い目をした操がロボットのごとく言った
作品名:【無幻真天楼 第十三回・弐】雨が止んだなら 作家名:島原あゆむ