プール
もう一度水面に目をやる。相変わらず半袖の学生服の僕が浮かんでいた。
あの水面に浮かぶ僕は、僕であり、双子の僕かもしれない。そして、ここにいる僕もまた僕であり、僕ではないのだろう。僕たちはひとつだから。
目を伏せる。セーラー服のスカートの裾が重い色をしていると感じた。なぜ僕たちは子供の象徴のような格好をしているのだろう。それはきっと僕がこの時から抜け出せないからだ。
水面に浮かぶ僕。水辺に佇む僕。そして双子の「あれ」……死んでしまったあの人。
そのとき、ふと、思い出す。
「あれ」は<千草>という名をしていた。
僕は<千早>という名をしていた。
名に意味があるのかは知らない。それでもそれは僕を僕として存在させていた。あれをあれとして存在させていた。
「ちはや」
そう呼ばれて、振り返る、錯覚。
もう二度と呼ばれることのない声。
そもそもあれが僕の後ろにいることもないだろう。僕を呼び掛けることもない。本当の声で。
僕はいつもあれの後を追いかけていた。いつだって追いつけないのに。それでも置いて行かれないように必死で追いかけていた。あれの姿を見ないふりをして、知らないふりをして、それでも追いかけていた。泣きながら。
そのうちあれがどこにいるのかも分からなくなった。前にいるのか後ろにいるのか、どこにもいないのか。
「千早」
声が聞こえる。「あれ」……「千草」の声だ。僕の声だ。
水面に浮かぶ僕が言ったのか、水面に浮かぶ千草が言ったのか感覚は混濁してゆく。ここにいる僕が、千草なのかもしれない。すべてはあやふやで水に溶けていくよう。
声は響く。
「千早、いつだって。お前を見てたよ」
僕はぼんやりした頭でその言葉を反芻する。そう、そうだったのだろう……。泣きたくて、泣けない、そんな行き場のない心。本当は、本当は……。
愚かなのは僕だ。僕は自分に目隠しをして何も見えないようにしていた。自分を傷つけて、千草のことを見ようともしなかった。千草だって傷ついていたかもしれないのに。
千草はいつだって僕を見ていた。
僕はそのことに気付かなかった。気付こうとしなかった。僕たちは生まれたときからずっと一緒にいたのに。離れていこうとしたのは僕の方だ。僕は自分の愚かな劣等感や、孤独感から勝手に千草を遠ざけた。
千草といると、千早(僕)という存在は隠れていなくなってしまうように感じていたから。
僕は千草の双子のきょうだいでしかない。それが僕の存在価値だ。僕はおまけでしかない、そう思いこんだ。
ああ、けれど千草はいない。
千草はもう生きられない。あの時のまま永遠に止まってしまっている。もうどこにもいないのだ。
そう、千草の命を奪ったのは僕だ。