出張
それは夕べ遅くに帰宅した時に、眠い目を擦りながら、幼稚園児の娘が私によこした手紙だった。
洋封筒を模して不器用に小さく畳んだソレは握った手に納まってしまう程に小さい。
表にはBか2Bの鉛筆で「おとうさんえ」と書いてある。
開いてみると今度は赤い色鉛筆で「おとうさんがんばつてね」と書いてあった……。
顔がかっと熱くなった。心臓がドクドクと音を立てているのが分かる。
私は思わず立ち上がって叫ぼうとした。
膝の上に載せていたカバンが滑り落ちる。
『俺はお前たちとは違う!』そう叫ぶ筈だった私は、私の前に立ってつり革に捕まっている学生らしき若者の胸にしたたかに頭をぶつけてしまった。
反動で座ってしまった私に、満員の乗客の訝しげな視線が集中する。
戻ってきた。
無理やり身体を捻って窓の外を見ると、何度も通ったこの路線の見慣れた風景が気忙しく流れて行くのが見えた。
そこでようやく思い出し「お騒がせして済みませんでした」と、目をぱちくりさせている若者や大袈裟に身体を避けている隣のサラリーマン、周りの人々に謝った。