出張
周りの音に耳を澄ませる。
聞こえる音は変わらず、目を開けても景色は変わっていなかった。
いや、景色は変わっている。変わっていないというのはおかしな景色であるという事だけだ。
列車は登山鉄道とも言えそうな急坂の山腹を喘ぐように走っている。
反対側は深い谷底だ。振り返って下を覗き込むと、列車がまるで空中を走っているような錯覚に襲われた。
ゴロゴロとワゴンを押してくる音が聞こえた。だらしなく制服を来た中年の男が押している。
こんな坂道でよくも上手に押せるものだと感心していると、列車が既に広葉樹の深い森の中を走っている事に気がついた。
中年の男は、モノを売る気があるのか無いのか、ただワゴン押すばかりで黙っている。
ドア一枚手前で若い男が呼び止めた。と言っても手を上げただけであるが……。
男はワゴンの中から勝手に弁当と缶の飲み物を取り出し、目で挨拶をしただけで又椅子に座った。
私も腹が空いている気がしたのでワゴンを呼び止めた。
「弁当は何があるんだね?」
「わからん、勝手に見て取ってくれよ」
とても客商売とは思えない返事だ。