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紺碧塔物語

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 沈痛な呻きと共に抗弁し、黒板とは正反対、教室後方の清掃用具入れに叩き付けられたままの姿勢で、少女が呻く。東方風の顔立ちで、背丈はイオニスと同程度といったところか。典型的な細目から、女教師に非難の眼差しを送っている。視線に圧力があったなら、鉄のような表情筋に少しぐらいは傷がついたのかもしれない──だが現実問題としてイド教師は傷つかず、揺らがず、曲がることもなく真っ直ぐに正論を投げかけてくる。
「そう思えないのであれば、騎士叙勲など目指さなければいい。イオニスが先程言っていた通り、騎士とは即ち王権に心臓を捧げる存在なのですから──イオニス」
「──はい」
 痛みすら抑制し、イオニスは一瞬の淀みもなく応じた。この女教師が説教を始めるときは、大抵生徒を値踏みしているときだ。評点が低いから騎士になれないというわけではないのだが(一教師にそこまでの権限などあるはずがない)、低いよりは高い方が様々な意味で有用ではあった。
 イドは相変わらず二刀をだらりと垂れ下げたまま、教室の真ん中に座り込むこちらを見て、ゆっくりと唇を解いてくる。
「──時代は問いません。あなた達が目指すべきであり、私達教師陣が“そうあれかし”と期待する騎士の名前を五人、挙げてみなさい」
 ──何の試験だろうな、これは。
 配点はわからない。だが無回答は減点される。
 必死に痛みを訴えてくる肺を宥め賺しながら、イオニスは殊更ゆっくりと答えを導き始めた。
「黎明の時代、大懺悔刀(コンフェスタ)の使い手として名を馳せた聖騎士、《純白》のイーハーク。大災厄時代(ディザイステイジ)に現在の騎士団の原型を作ったとされる《盟約の魔剣士》カイ・バンク、新世界大戦で一万人の敵兵を惨殺した《屍王》ルッカス。現行の騎士団長である《雷鳴祭》シャガンブル──そして」
 一端唾液を呑み込む。言うべきか言わざるべきか、咄嗟の判断などできはしない。だが言い切らなければならない。
 ──知ったことか。
 半ば捨て鉢に、イオニスは最後の人名を挙げる。
「──騎士団員にして騎士の戦法とは対極の、対人暗殺術を極めた異端の騎士──イド・カンタトゥム教師!」
 言い切った──言い切ってやった。
 どうとでもなれいう気持ちと、こんなくだらない質問で減点されるのは真っ平だという気持ちと。
 鬩ぎ合う余裕もなかった。
 誇るでもなく、かといって卑下するでもなく、ただイドは満足そうに頷き、
「──満点の解答としておきましょう」
「……すっげーナァ先生、自分で自分のこと“そうあれかし”とか言うかナ、普通」
「自負のない人間は、自らの成長をも止めてしまうものですよ、シシュカ」
 ひどく静かな口調で告げて、ようやくイドは二振りの剣を鞘に収めると、黒板に試験日時を書き記した。
「──先程配点区分の話をしましたが……四割とはいえ、例年の傾向からすれば、試験の合否は公開試技での成績いかんだということを忘れないように。それではイオニス、授業の続きをしましょう──騎士の対極である戦法を、あなたに教授します」
 ──やっぱり根に持っていやがった。
 胸中で吐き捨てて──仕方なく、イオニスはふらつく膝を叱咤しながら立ち上がる。残り三人の生暖かく曖昧な視線を感じながら、半身を相手に晒して軽く構えた。訓練用の木剣が、溶けた鉛を流し込んだような重みに感じられることを呪いながら、嗜虐主義者(サディスト)の教師と相対する。
「頑張れよナ、イオニス。僕の愛パワーで覚醒とかするといいのナ」
「こっちはお前の愛とやらのせいで死にかけだよ」
 冗句をきっかけにしたのか、あるいは単純に即断即決を旨にしているのか。
 イド教師が、全力で──二刀を“使わない”ことが彼女の全霊だった──踏み込み、拳を突き出してくる──。
 爆圧のような衝撃と、肋骨が軒並み軋んでへし折れていく音を聞きながら。
 イオニスは、いっそこのまま気絶できればいいのにと見たこともない神様に願いながら──

 ──それでも、歯を食い縛って木剣を振り上げ、恐らくは成果のない反撃に打って出た。
作品名:紺碧塔物語 作家名:名寄椋司