小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

紺碧塔物語

INDEX|22ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

 牽制のつもりだった一発が命中したことで、襲撃者達の間にも動揺じみた気配が広がったようだった。同時に警戒され、こちらを軽んじていた隙までもが払拭されてしまったのは、不運と言うよりは当然の結果と受け止めるしかない。
 ただの物盗りならいざしらず、戦闘訓練を受けた者達がそう簡単に取り乱すはずがないのだ。一瞬の動揺を買えただけでも十分と思うしかない。
 矢が誰のどこに命中したのかを確かめるより早く、テンポは手に持つ弓を膝に押し当てへし折った。残骸を投げ捨てると、猫のように跳躍してその場を離れる。闇の奥から風切り音が鳴り響くたび、新たな矢が次々と放たれる──命乞いの時間すら与えてはくれない。
 相手の二人は負傷し、二人は警戒の度合いを高めている。
 状況としてはさして変わったとも言い難い。相変わらず危機的状況で、さっさと全てを放り出して逃げ出してしまいたい気分だ。せめて相手の武装が弓矢でなかったら、喜んで背中を晒していただろう。
 ──できなければ、
 できることをやるしかない──担任教師の言葉を思い浮かべ、苦々しく認める。授業中は何を当たり前のことをと思ったものだが、実際その場面に立たされてみると実感する。生き残る術は少なく、しかしそれを模索しなければ死ぬしかない。
 幸い挟撃されることはないものの、矢は移動しながら射られている。狙いの精度は恐ろしく高いと言わざるを得ない──この大密林で、張り出した枝葉に引っかかることなく、全てがテンポの足下や脇の辺りをすり抜けていく。かろうじて回避できているのは運動性能の高さ故ではなく、とにかく形振り構わず武器を振り回しているからだ。
 腕力か、あるいは集中力が途切れた瞬間、間違いなく体のどこかに穴が開く。その結末を拒もうと思う限り、ひたすら武器を振り回し続ける他にない。
 テンポの武装は、傍目には武器とは到底思えない代物だった。
 両腕から、薄絹の布地が伸びている。透かせば後ろ側が覗けてしまう程の厚みしかないそれは、ただ高速で振り回すだけで飛来する矢を搦め捕っては狙いを逸らした。魔術の類ではなく、純粋な技術によるものだ──テンポが生まれ育った部族に伝わる、特異な体術。学園では滅多に見せることもない技だが、この期に及んで出し惜しみしていられるような状況でもない。特に名前のある技術でもなかったが、テンポの師はこの薄絹を紗々(サーシヤ)と呼んでいた。
 ──基本的には接近戦の技術だけどね。
 遠距離から攻撃を仕掛ける弓矢と、相性が悪いわけでもない。
 ──弾切れの瞬間を狙えば、圧倒できる──。
 矢の本数には限りがある──だが、どこかに予備が隠されていないとも限らない。
 ならば、
「──攻めるしかないっ!」
 戦って勝つ術を学んでいるのだ──逃げ回って生き延びる術など教わっていない。
 木の陰に沿って進み、次々と射られる矢をいなし、躱していく。エルフ達に襲われる理由など全く思い当たらないが、ただの物盗りというわけでもないのだろう。明確な殺意を持っているとなれば、後は全員両手の骨を折るなり何なり、戦意と戦闘能力を削がないことには終わらない。
 そのための戦術ならば既に組み立て済みだった。
 薄絹を上方の枝に絡ませ、そのまま体ごと持ち上げる。倒木を蹴って勢いをつけると一気に跳躍し、先程共に落下したエルフが起き上がりかけているところに襲いかかる。背後から延髄に膝を叩き込み、今度こそ完璧に意識を刈り取った。再度紗々を放り投げるように伸ばして飛び上がり、木々の隙間を駆け抜けていった影を追う。小柄な背中に追い縋ると、腰に差したスローイングダガーを二本、立て続けに投擲する。一本は右肩を、もう一本は膝裏を刺し貫き、傷を負ったエルフはその場で転倒した。素早く駆け寄ると、首裏の急所に拳を突き立て昏倒させる。右肩のダガーを引き抜いて首筋に押し当てると、テンポは半ば自棄気味に大声を張り上げた。
「全員止まれ! でないとこいつを殺す──」
「死しても守るべきものがあるのだ、この森には」
 声は、意外に近くから響いた。
 五メートル程離れた木陰から、男女二人組のエルフが現れる。
 双方ともエルフの特徴である金髪をひるがえし、時代遅れの戦闘服に身を包んでいた。手には弓を持ち、背には矢筒を負っている。山刀を持ち、戦闘服の各所にはやすりを貼りつけた防護パッドまで装備されていた。完全な戦闘装備だ──戦争装備でないだけましだと考えることもできたが。
 男の方のエルフが、一歩だけ距離を詰めてくる。
 瞬間、テンポは一片の慈悲もなく喉元に押し当てたナイフを皮膚へと食い込ませた。ぷつりと破けた傷から血が零れ、その切っ先の鋭さが男エルフの足取りを止める。嫌悪感も露わな表情で、エルフがゆっくりと口を開いてきた。
「……わかった。止まる。だがお前は誤解しているぞ」
「誤解? 殺されそうになって、反撃しただけでしょ。誤解の入る余地なんてない」
「それが誤解だと言っている。俺達は、少なくともお前がこの奥まで進むのでなければ、殺そうとまでは思わない」
 仄かに輝きを放つ森の奥。そこに視線を一度送ってから、男はゆっくりと先を続ける。
「この森は禁忌だ。瓦解密林の深奥部──例え四修羅であっても通すわけにはいかない」
「……ハッタリにしちゃ大きく出たね」
 四修羅を──あの脅威の戦鬼を、止められるわけがない。
 茶々を入れたところで、相手も承知のことだろう。逆を言えば、それだけ真実味のある言葉だと捉えることもできた──つまり彼らは、不可能と知った上で覚悟を決めているということだ。馬鹿らしい覚悟だが、だからといって無視できる類のものでもない。学術調査という名目こそあるものの、まさか命を代償にしてまで全て調べ上げ来いとは言われなかった。
「……でも、少し驚いた。この森はエルフに見放されてるっていうのが、私達の見立てだったんだけど」
「見解の違いだな。七獣召喚による大陸崩滅以後、我らは長い間この森を監視し続けてきた。お前達が犯した罪の尻拭いだ」
 忌々しそうに吐き捨ててから、やり場のない怒りを振り払うように続けてくる。
「──だが、一度背負った役目を捨てるわけにもいかん」
「こっちだって事情は同じ。ただ妥協点はあったはず。いきなり襲いかかってくる前に警告するとかさ、そういう努力をしようって思わなかったわけ?」
「そんな努力は、何十年も前に試している。試して、いかに無為なことだったか、数え切れないぐらい確認もした。お前達人間種族は変わらない、学ばないということがわかっただけだ」
「その類の努力って、一度でも裏切ったら全部台無しなんだと思うけど」
 言ってから、明確に失言だったと悟る。相手を怒らせたところで得はない。相手はきかん坊を見るような顔でこちらを睨んでいた。顔の片側だけをひきつらせ、手に持つ弓がぴくりと震える。それと全く同期してナイフを震わせることを忘れていたら、警告も何も無視して射貫かれていたかもしれない。幸い仲間の命を犠牲にしても激発するだけの怒りではなかったようで、男はゆっくりと深呼吸して一歩下がった。敵意が伝わることを恐れるような仕草に、むしろテンポとしては警戒の度合いを深めないわけにはいかなかったが。
作品名:紺碧塔物語 作家名:名寄椋司