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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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と大西は、この記事を書いた白川龍一を思い出していた。彼は、どうしているのか。広島に来た時に貰った手紙以来、何も伝わってこない。どうしているのか。また、再会することはできるのか。
 大西は、鍬を地面に置き、汗を手で拭きながら思いにふけった。
 と、頭上が急に明るくなったような気がしたので空を見上げた。思わず叫んだ。
「白虹、日を貫けり!」
 そして、大きな雷鳴がどこともなく響いて聞こえてきた。
 その瞬間、大西の体は宙に浮いて吹き飛び背後にあった家屋にぶちつけられた。同時に家屋もバラバラに砕け吹き飛んでいった。

一九四五年九月
 リッチーとチャーリーを乗せた飛行機は、ワシントンからロサンゼルス、ホノルルを経由して三日近くの時間をかけ大阪飛行場に着陸した。これから神戸に向かう。神戸の連合軍占領司令部にリッチーは配属となったのだ。
 飛行場から軍用ジープで神戸に向かう。とりあえず今後、過ごす居住施設にまず向かうと聞かされた。ジープにはチャーリーも一緒に乗り込んだ。
 一九四五年八月に日本は連合国のポツダム宣言による無条件降伏を受け入れた。すでに日本中の都市が焼け野原となり、広島と長崎には原子爆弾が投下された。一発の爆弾で数万人が焼き殺されたと聞く。史上最強の破壊力を誇る兵器の人体実験は見事に成功したのである。日本に戦う余地は完全になくなっていた。八月十五日、天皇陛下はラジオ放送で敗戦を国民に伝える演説をした。「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍び」と語りかけた。
 ほぼ四年ぶりの日本、大阪や神戸となるとほぼ十四年ぶりだ。実に懐かしい。だが、これから懐かしんでばかりもいられない光景を目にする覚悟を持たなければいけない。
 ふと、車窓を見る。チャーリーが驚きの言葉を発した。
「あれは、何だ? 兵隊たちだが、何であんなことをしているんだ?」
 リッチーが、外を眺めると道路に対して背中を向けて立っている兵士達の姿があった。兵士達は背中を向けながらところどころで数人の列をなしている。何とも奇妙な光景だ。だが、リッチーは、その意味を瞬時に察した。


「これは、歓迎の印だ。敗北を受け入れ、抵抗の意志なく迎え入れているという意味なんだ」
 リッチーがそう説明すると
「はあ、負け戦をすんなり受け入れたということか。ここで我々が戦闘に巻き込まれる心配はなしか。でも、思うね。こうも冷静に負けを受け入れられる理性があったのなら、何で最初からあんなバカな戦争を始めたのか」
 チャーリーは、ほくそ笑いながら言った。リッチーも同じことを考えていた。そして、なぜか目から涙がこぼれそうになる心の揺れ動きを感じた。

 ジープは、神戸・北野の丘にある住宅街に着いた。しばらくして、丘の上に佇む青色の洋館前に停まった。


 ジープを降り、その家をじっくり見つめる。二十七年前、リッチーが住んでいた家である。上海で少年時代を過ごした後、わずか二年ほど暮らした神戸の家、忘れもしない、ここで母と父が死んだのだ。
「君がこの地区に配属されたのは、君だからこそ知り得ることがあると思ってね。占領政策にはなくてはならない人材だ」
とチャーリーが言う。なるほど、これもチャーリーの計らいか。
 リッチーとチャーリー、意外に数人ほど将校がここを住まいとするらしい。とりあえず、二人が一番手としてここでの暮らしを始めることになる。
 リッチーは、かつて自分が住んでいた部屋を住まいに選ぶことになった。かつての自分を思い出せる場所として最適だからだ。
 チャーリーの話しによると、リッチーがこの家を去り売り払われた後、何度か転売され、戦時中は、イタリア武官が住んでいたという。終戦後、武官が帰国。占領軍が将校や職員用の居住施設として接収することになった。
 部屋の中は、さすがに変わっていた。机と椅子、ベッドなどの家具や壁紙も違ったものが置かれていた。月日が経って様々な人が使ったのだからごく当然なことと言えよう。
 だが、何よりも変わったのが、窓からの光景だ。丘の上から見下ろす神戸の風景だったが、それが完全に変わってしまっている。辺り一面焼け野原だ。全く違う街に変質してしまったかのようだ。空襲のひどさを物語る。
 一体どれだけ多くの人々が命を落としたことか。そう感慨にふけっていると、レコードが奏でる音楽が聞こえてきた。蓄音機が回っているのだ。
 すぐ隣の部屋からだ。リッチーは隣の書斎へ向かった。蓄音機が鳴っている。ジャズの音楽だ。
「ああ、すまない。ついつい、音楽が聴きたくなってね」
 蓄音機は、かつて父が使っていたものではなかった。だが、ほぼ同じ位置に置かれていた。この書斎は蓄音機の音楽を奏でるにはとても適した場所なのだ。音響がとてもいい。


「悪い記憶を思い起こしてしまったね」
とチャーリーは言いながら、蓄音機を止めた。
「いや、いいんだ。もう過去のことだから。よく覚えてもいないんだ」
 リッチーは強がりでなく、そのままの気持ちを述べた。
「でも、君にとっては、そのことが全ての始まりじゃなかったのかな」
 チャーリーにそう言われると、リッチーは何も言わず書斎を出ていき、階段を下りて玄関から外へ出た。外にはジープが停まっている。金髪のサングラスをかけた運転手が煙草を吸っていた。
「悪いけど、ジープを貸してくれないか」
と声をかけた。
 
 神戸は北野の丘からジープを走らすこと約二時間。焼け野原の街を駆け抜け、急に行きたくなったところに着いた。どうしても忘れられない場所だ。
 大阪は中之島、大阪朝夕新聞社の社屋のある場所だ。だが、着いたその場所は社屋が「あった」場所へと変貌していた。そこには石造りの建物が崩れた瓦礫があった。
 リッチーにとっては見るに堪えら得ない光景であった。かつてこの場所で筆を取り、情熱を傾け、世の中が良くなっていくことを願っていた、そんなかつての思いが一挙に込み上がって来た。
 瓦礫の中をおそるおそる歩く。机や椅子の残骸が見られた。ほとんど焼け焦げ使い物にならない。輪転機の跡もあった。半分にかち割られ、粉々になった部品が辺りに転がっている。活字の印判も様々な残骸と一緒に散りばめられている。拾い集めても使い物になりそうにない。
 もうかつての面影はない。完全に破壊し尽くされたのだ。爆弾だけによるものではない。それは、危うい情動に駆られ真実を見失ったジャーナリズムによって破壊し尽くされた結果ともいえるのだ。
 ただぼおっと、リッチーは立ち尽くした。かつての新聞記者になったばかりの新人の日々を思い出した。なぜ、あの時、新聞記者になる道を選んでしまったのか。なぜ、新聞記者になりたいと思ったのか、そんなことを思い出しながら考えていた。
「龍一、おまえ、龍一なのか」
 背後で呼びかけられ、思わず振り向く。「龍一」と呼ばれるのは久しぶりだ。実に十年以上は経つのではないか、そして、そんな呼び方をする人物は思い当たるだけでもただ一人だ。
 目の前にいたのは、頭や腕に包帯が巻かれ、松葉杖を突きながら足を引きずって歩く中年の男性だ。頭の包帯で顔は半分しか見えない。顔にはかなり皺や傷がある。体はかなり痩せこけている。