失敗の歴史を総括する小説
リッチーは、それが誰だかすぐには分からなかった。しばらくお互い見つめ合う。
「龍一やろ? 白川龍一やろ? わいや、わいを忘れたんか」
この声、話し方、それで思い出してきた。
「大西さん」
大西哲夫だ。かつてこの新聞社で先輩だった。そうだ、この人が自分を新聞記者になるように勧めた人だ。そして、その後、自分を守るために身代わりとなり刑務所に入った。その後は悲劇の連続だった。ずっと申し訳ない思いで一杯だった。
「大西さん、生きていたのですね。確か広島の方にずっといたと聞いていましたけど」
リッチーがそう言うと、
「ああ、わいはあのピカドンの中をなぜか生きぬいたんや。何とか瓦礫と火の中をさまよってな。その後、どうこうしているうちにこんなところに来てしもうた。そしたら、お前に出くわすとはな」
「大西さん、御免なさい。全ては僕の責任です。どうお詫びしたらいいのか」
リッチーは突然、目から涙がこぼれた。
「何でお前が謝るんや」
リッチーこと、かつての白川龍一は、これまでの経緯を語った。大西が知らない龍一の辿った生き様を。近衛総理の補佐官をしながら、中国で隠密工作をしようとしたが失敗に。アメリカのスパイとなり、ついには反逆罪として追われる身に。日本を脱出して、アメリカ人となった。そして、戦争をいち早く終わらせるため軍に協力する任務を担うことになり、今、占領軍の一員としてここにいること。
リッチーは、今、日本に溶け込めるよう髪の毛を元の黒色にして、外見上日本人に見えるようにしている。
「そうやったんか。どう評価していいかわからん。だが、お前がどうこうせんでも、日本はこうなったのとちゃうか。わいはあの白虹事件でムショにぶち込まれた時からこうなるような予感はしとったで」
大西と龍一は、瓦礫の石に腰掛けながら語り合った。
「でも、これからどうなるんでしょう。日本は?」
と龍一。
「これからか。そやな、新しい時代の始まりや。皆、こんな痛い思いをしたんや。いい加減目覚めたやろ」
「でも、目覚めたところで何ができるんです? 何もかも破壊し尽くされて、何も残ってないじゃないですか」
「ものは壊されまくったが、生き残った人間はおる。まずはそいつらだけで、やり直すんや」
「やり直す?」
「そうや、デモクラシーや、民本主義や」
「忘れたんか。あの時のことを、わいらでこの場所で民衆のための運動を盛んにさせようとしていた時のことを」
「そんなことが、またできるのですか」
「ああ、するんや。今からならできる。やっとそんな時代が来たんや」
大西は、やけに元気がいい。リチャード・ホワイトリバーこと、かつての白川龍一は考え込んだ。
日本は明治維新以後、急速に近代化され様々な変貌を遂げた。そして、その近代化の過程でとんでもなく道を誤ってしまい悲劇的な結末を辿ってしまった。
今こそ何を間違ったのかを探り出し、そして、さらなる新しい時代に向けて平和と真の幸福を追求していくべきではないのか。
終わり
作品名:失敗の歴史を総括する小説 作家名:かいかた・まさし