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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 その日、大阪朝夕新聞夕刊の一面の大見出しはこうだった。
「鈴木宗ノ介代議士、貿易商にアヘン密輸の濡れ衣」
 紙面には、鈴木代議士の顔写真と鈴木宗ノ介と署名の入った領収書の書面が写し出されていた。読んだ者、誰もが驚愕する内容の記事だった。
「・・アヘン密輸容疑で逮捕身柄拘束される直前に自殺した白川商会社長、白川源太郎氏は、鈴木宗ノ介代議士より以前からアヘンの密輸を依頼されていたが白川氏が拒否したうえ、鈴木氏と上海のアヘン密輸組織との関わりを示す証拠を入手したため、鈴木氏は自らとつながりの深い白竜会と共謀して白川氏がアヘンを密輸していたという事実の捏造を画策した。・・・」
 龍一は、この記事を何度も読んだ。これで、父の無念は一応、果たせたと感じた。やるべきことはやったのだと思った。もちろん、これから先、どうなっていくかと言う不安はあった。これだけの証拠があり公に発表されたのだから、警察や検察も動かざる得ないだろう。いくら鈴木氏の息がかかった警察や検察と言えども、何もしなければ世論が黙っていないはずだ。
 新聞記事を読み飽きた後、涙で濡れた箇所がいくつも出来た父の遺書を手に取った。その涙は、龍一のではなかった。社会部記者の大西哲夫がこぼしたものだ。大西は、遺書を読みながら大泣きしたのだ。そして即座に記事を書き上げた。記事の夕刊への出稿は実にぎりぎりだった。大西は、記事発表後の全責任は自分が取ると社会部長にきっぱりと言った。
 龍一が、この証拠を大西に持っていったのは、この大西の分かりやすいアクの強さからだ。当初は、突然自分の目の前に現れた大西という男を信用するつもりはなかった。
 もしかして、新聞記者と偽ってか、またはその身分を利用して龍一から証拠を奪おうとする警察の回し者であることも考えられた。
 だが、大西に限ってそんなことはないと確信が持てたのは、神戸の家で初めて会ったときに見せたぶっしつけな振る舞いからである。自己主張が強く人を怒らせるほどだったが、考えてみれば警察の回し者であるのならば、そんな振る舞いは決してしないのである。龍一と親しくなり、それとなく証拠を奪い去りたいのであれば、もっと丁寧に接するはずである。
 大きな特ダネをものにした社会部の部室は大賑わいの状態であった。父の残した証拠は、これから検察に送られ、鈴木代議士は告発される運びとなる。
 バーンと社会部室の扉が開かれた。そこに初老で頭の禿げた男が立っていた。背後に大柄な男が二人、初老の男の身辺を守るように立っていた。
 男が誰であるか、龍一には即座に分かった。鈴木宗ノ介である。
「おい、この記事を書いた大西という男はおるか、おるなら出てこいや」
 怒りを込めて大声で叫んだ。
「わいが大西や、なんや用か?」
 大西は、びくついた様子もなく堂々と鈴木の前に立ちはだかって言った。
「貴様、でたらめな記事を書きおって。ただで済むと思うでねえぞ」
「なんや、脅し取るんか」
 大西と鈴木は、にらみ合った。
「脅しとるのではない。貴様やこんな新聞社など、わしの力で簡単に潰せるんやで。わしを甘く見るでないぞ」
「権力をかさに着て脅しとうやないか、鈴木はん。代議士か何かしらへんけど。わいに脅しは通じんで、あんたのような人の脅しが怖くて筆が鈍とったら、ブンヤなどやっとられへんでな」
 龍一は、椅子の上に体が固まった状態で座っていた。身動きせず、両者のやり取りを聞いていた。自分がいることを気付かれないようにしたかった。それにしても、この男達二人の口論は激しい。お互い殺気立ち、声は室内隅々まで響き渡っていた。
「お前の書いたことは全部でたらめや。そう言え、証拠もでっち上げたもんばかりや」
「でっち上げは、あんたの方がやったんやろうが。無実の人間に罪を着せて追い詰めて殺したも同然や」
「なんやと。誰がそんなことを貴様に教えたんか。いったい誰や、教えろ」
 龍一は、どきっとした。
「それは言えへん。どの道、動かぬ証拠が揃っとるんや。覚悟すんやな」
 その後、にらみ合いの沈黙が続いた。
「また来る。大西と言ったな。この返しは必ずするで、覚えとれよ」
 鈴木は、むっとした様子で出て行った。大西に押されたようであったが、自分自身も決して負けてないことを示すような憮然とした面持ちで堂々と社会部室から出て行った。
 龍一は、立ち上がって大西に言った。
「大西さん、大丈夫ですか、代議士相手に、相手がどんな仕返しをしてくるか考えると怖くありませんか」
「怖い? 俺に恐れるものはあらへん。それより、お前は恐いかも知れへんな。お前のことは俺と社で守ってやるで、安心しろ。あいつは必ず追い詰める」
 大西は、淡々と言ったが、龍一は不安でならなかった。生まれて初めて代議士と言う権力者の荒々しい姿を目にした。龍一にとっては憎むべき相手だが、同時に権力の恐さというものを感じざる得なかった。
 父の二の舞だけには、絶対になりたくないと思った。

 翌日の朝、朝刊の紙面は、大阪朝夕を含め新聞各社の見出しはこうだった。
「鈴木宗ノ介代議士、アヘン密輸容疑で検察より取り調べ 白竜会幹部などは逮捕」
 同じ日の夕刊は、
「鈴木代議士、アヘン密輸の事実を認め議員辞職願 密輸組織との関係を認める」
 実にあっさりとした経過だった。源太郎が残した証拠が固かっただけでなく、共謀していた組織、白竜会が事実を認めたため、完全に逃げ場を失ってしまったのだ。
 鈴木代議士の言い分は、選挙資金集めに事欠いていた頃に白竜会から資金を借り受けてしまい、そこから逃れられない関係になったという。そのことから、アヘン密輸にまで手を染めることになったというのだ。また、白川源太郎に濡れ衣を着せる工作を指示したことも認めた。罪を悔いて議員辞職をすることを決意したという。
 社会部室で見せたあの勢いある態度と口ぶりからでは、考えにくいまでの転向ぶりだった。
 鈴木は、間違いなく刑務所行きとなることを龍一は聞かされた。龍一は、鈴木が憎く許せなかったが、多少だが気が楽になった感じがした。死んだ父はかえってこないが、これで恨みが晴らせたと思った。
 
 数日後
 龍一は、荷造りにいそしんでいた。その日が、たった一人ぼっちとなった龍一が神戸の家で過ごす最後の日となる。
 上海行きの乗船切符は背広のポケットに入れ、カバンを片手に玄関を出た。目指すは、神戸港だ。
「よう、元気か」
 目の前に大西哲夫が現れた。何をしに来たのかと、龍一は思った。
「大西さん、こんにちは。何をしにいらしたんですか」
「いや、お前さんに、ちょっと話がおうてな」
「話し、ですか?」
 もう話すことはないと龍一は思っていた。父の件は、一段落したことだから、まだ何かあったのだろうかと、少し不安になった。
「お前さん、いや龍一君、いや、リッチーと呼ばへんなあかんかな。おまえの親父さんみたいに、これからどないするつもりねん。上海へ行くつもりねんか」
 大西は、龍一をじろじろと見ながら言った。
「はい、今日発つつもりです。上海は僕のふるさとですから」
「上海行った後はどないするつもりねん?」
「それは、着いてから考えます」
 龍一は、きっぱりと言った。