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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 いつもなら、現地の兵員で日本語のできる者がすることなのだが、たまたま日本語能力のある兵員が現地にいないため無線通信でハワイの海軍基地に緊急で依頼してきたとのことだった。晴れ渡って電波の感度も良く、無線でも現場と同じように聞こえる。リッチーは、日本語の会話を聞き取ったら、それを訳していけばいい。それだけの任務かと思いながらも緊張しながらヘッドフォンを取り、耳に意識を集中させた。密林のマイクは、音声を聞き取ったものが自動で作動し、その音声が優先的に流れていくしくみだ。
 日本軍が上陸したと思われてから数時間、日本語らしい声は何も聞こえなかった。音が時々耳に入ったが、それは動物の鳴き声だったりした。もしかして、まだ上陸はしてないのではとさえ思った。だが、辛抱強く待った。
 そして、辛抱の甲斐があったのか、数人の兵士がジャングルをどしどし歩く音が聞こえ始めた。リッチーの体に緊張が走った。
「隊長、もう休みましょう。ここ数日、ろくに何も食っていません」
「何を言う、貴様ら。敵は目前だぞ」
と聞き覚えのある声が聞こえた。とりあえずリッチーは飛行場の無線に聞こえた音声の言葉を訳して伝え始めた。
「どうせ、このまま進んだところで勝ち目はありません。我々の装備では太刀打ちできないでしょう。これまでだってどれだけ仲間を失ったことか。やることなすこと計画性がありません。その上、敵には我々の行動は何もかも見透かされているようで。補給もいつも妨害されてろくな行動が取れません」
「うるさい、貴様、俺や軍を侮辱するつもりか」
 リッチーは、これが誰の声かを思い出した。西村だ。初めて会ったのは満州事変の始まる直前の頃だ。関東軍の兵士だと聞いていた。次に会ったのは南京でだ。そう、友人を目の前で斬首した。
「俺たちは隊長も、軍にもうんざりだ。みんなこんなところに好きでいるんじゃない。本当は日本で平和で暮らしたかった。だけど、徴兵されて逆らうわけにはいかなかった。逆らったら非国民だ。俺だけでなく俺の家族も周りからひどい目に遭う。だから、いつも、軍に忠誠を誓っている振りをしてついてきた。どうせ、この戦争は負ける。玉砕して死ぬくらいなら俺は捕虜にでもなって生き延びたい」
 若そうな兵士の叫び声だ。リッチーは、心の中が日本人となり、訳をするのをやめ聞き入っていた。
「貴様、そんなに言うのなら、この場でぶった切ってやる」
と剣を鞘から出す音が聞こえた。畜生、何てことだ、と思った瞬間。
 ダダダと大きな轟音が聞こえた。ヘッドセットを通して耳に響く。機関銃の音だ。十秒ほど続いた後、ピッタリとやみ静まった。
「これでイッチョ上がりだな。チビでやせ細った奴らだ。ジャップってのは」
 これは英語だった。米軍兵士の会話だった。実に晴れ晴れとした気分で話す。
 リッチーは、全く正反対の気分だった。ヘッドセットを外し、席から立ち、その場を離れた。
 何とも言えない悲しみが体を包み込み、居てもたってもいられない気分になった。どこか自分の身を隠せる場所をと、通信室の隅の荷物置き場に身を潜めた。目から突然、涙がこぼれた。
 どうしてだ、自分はアメリカ人となり、日本を敵として見なければいけないのだ。彼らが殺されることなど、平然としていなければいけない。
 自分のやって来たことに改めて罪深さを感じた。

 一九四四年七月 ワシントン
 リッチーは、日本語教官の任務を解かれた。そして、チャーリーと共に、ハワイからワシントンへと飛行機で飛ぶことになった。教官の任務を解かれたのは、通信室で涙を流したことが報告され忠誠心を疑われたからだという。やはり元日本人ということでは、信頼たるに足りないと思われたのか。
 リッチーにとっても限界だと思った。日本語を日本兵を殺す米軍兵士に教える。教室の中にいたとしても戦闘に加担していることには変わりない。もちろん、最初から、そんなこと分かっていたが、通信室で聞いた戦場の兵士たちの言葉を聞き、理屈では割り切れない感情の込み上がりを感じ始め、それが制御できなくなるほど自らを締め付ける。
 ワシントンに来た理由は、チャーリーが知っていた。何でも、元日本人のリッチー、まだかつての祖国に未練のあるリッチーだからこそできる任務だと。そして、その任務を果たす場所は、ワシントンの国防総省、通称ペンタゴンと呼ばれる場所だ。
 軍部はリッチーを信頼していないと聞いていたが、そんなリッチーを中枢部であるペンタゴンに連れてくる。内心、どんなことをされるのか不安でならなかった。
 ポトマック川沿いのとても大きな建物に二人を乗せた車が着いた。階数は四階建てだが、横にとても広く延びている面積の大きなビルだ。そして新しい。建てられて一年半ほどだという。
 ここが、米軍の最高指令部なのだ。軍からの信頼を失い、軍部を遂行する者として不適格だとされた自分にできる仕事があるというのか。そもそもは軍務を解いて、悠々自適な生活でも送らせてくれれば十分だとチャーリーに伝えたが、「今の君だからこそできる仕事がある」とワシントン行きを強く勧めた。
 だが、よりによってペンタゴンに。ハワイの海軍司令部よりもはるかに接近したところではないか。
 ペンタゴンに入ると、待っていた黒い制服の海兵隊員にさっそく案内された。エレベーターに乗り、上の階に行くと、その後、海兵隊員に連れられひたすら長い廊下を歩く。非常に長い廊下だ。かなり歩き疲れたかと思った時に目的の部屋に着いた。
チャーリーとリッチーの前で海兵隊員は、ドアをノックする。
「どうぞ、入ってください」
と女性の声が、年配の感じがする。
 海兵隊員はドアを開ける。初老の婦人が書類や本の束を置いたテーブルを前に椅子に座っていた。
「リッチー、後は、マダムが君の任務について話してくれる。私は他に用があるもんで、ここでお別れだ」
 チャーリーは海兵隊員とその場を去っていく。リッチーは、おそるおそる中に入る。マダムは、にこにこしながら椅子に座ったままリッチーを見つめる。
「初めまして、マダム。私はリチャード・ホワイトリバーと言います」
「こちらこそ、お会いできて嬉しいわ。私の名はルース・べネット博士よ」
「博士ですか」
とリッチーは驚きを隠せなかった。何の分野の博士なのか。まさかこんなご婦人が兵器の博士だとでもいうのか。
「そうよ。私は文化人類学の博士よ。そして、私の任務は日本についてなの」
とさらりとベネット博士は言った。
「ねえ、どうぞ座ってくれないかしら」
と博士は手を差しのべ、対面する椅子に座るように促した。
 リッチーは、椅子に座った。目の前の老女を改めてみるととても上品で美しいことが分かった。軍が、こんなご婦人に与える任務というのがあるのか、まだ不思議でならなかった。
「あなたを何と呼んだらいいのかしら、そもそもは日本人だと聞いていたけど」
 婦人がそう言うと
「リッチーと呼んでください。今はリチャード・ホワイトリバーという名前になりましたが、元はリュウイチ・シラカワという日本人の名前でした」
とやや微笑んでリッチーは答えた。