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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 龍一もバックミラーでヘッドライトが追いかける様子を確認した。
「すまないな、こんなことに巻き込ませて」
とチャーリーがシャルボノ氏に話しかけた。
「いえ、近々、帰国の予定でしたので。それよりも飛行場まで頑張ってください。ムッシュ・シラカワ」
と陽気そうにシャルボノ氏は答える。
 大使館から運転を初めて三十分以上が経ち、辺りがほんのりと明るくなっている。そろそろ日の出だ。
 後ろの車との距離は、近付いたり離れたりとせめぎ合いだ。だが、飛行場までもう少しである。
 すると目の前、数十メートル先に飛行場の門が見えた。だが、閉まっていて門に鍵がかけられているみたいだ。
「リッチー、ここから入るんだ。ここが我々の通用口だ」
とチャーリーが言った。
 よし、と覚悟を決め、龍一は門に車を突っ込ませた。バシーンという激しい音が鳴り、鍵が砕け門が開いた。車は猛スピードで、飛行場内に入る。飛行場は朝陽で照らされていた。そして、数十メートル先に滑走路に佇む銀色のプロペラ飛行機を見た。
 龍一は、ブレーキを踏みスピードを落とした。車は飛行機の数メートル前で停まった。
 龍一とチャーリーとシャルボノ氏は、すぐさま車から出た。
 飛行機の扉が開く。パイロットらしき人物が手で乗り込むよう指示する。
 シャルボノ氏、チャーリーと乗り込み、次に龍一が乗り込もうとする。すると別の車が飛行機の前で停まった。
 龍一は、そっと振り返る。大使館前で見た特高の捜査官が、車から出てくる。手に銃を持っている。
 龍一は飛行機に乗り込んだ。すぐさま、シャルボノ氏がドアを閉めた。
 すでにプロペラは回っている。飛行機は滑走路上を走る。龍一は、座席に座りシートベルトをした。体中に緊張が走った。
 飛行機がすっと宙に浮くのを感じた。だが、緊張は続く。このままどうなっていくのか、まだ分からない。この飛行機が撃ち落とされるのではとさえ龍一は考えた。
 しばらくして、朝陽が窓から差し込んできた。かなり強い日差しだ。もう日の出が過ぎ、朝になったのだ。
 龍一は、窓の外を眺めた。は、と驚いた。富士山だ。朝陽を背景として輝く美しい姿が遠くに見える。かなり上空を飛んでいるということだ。
 龍一は、初めて安堵感を覚えた。脱出したのだ。そして、同時に悲しさをも感じた。離れていく祖国の運命、このまま日本はどうなっていくのか。狂気な熱に浮かされ、方向を失ってしまったこの国の今後は、さぞ悲惨なものになるだろう。
 自分は卑怯者だと責めた。この国と運命を共にしようとせず、逃げ出している。
「安心しろ。また、数年後には戻ることになるのさ。今度は新しい日本となって」
とチャーリーが話しかけた。龍一の想いをきれいに見抜いていた。
 龍一は、体中が熱くなっていることに気付いた。そして、咳をし始めた。
「ああ、風邪を引いてしまったようだ」
と龍一が言うと
「安心しろ。これから向かうのは風邪を治すには丁度いい暖かいところだ」
とチャーリー。
「何を言っているんだ。ワシントンは東京よりも寒いだろう」
と龍一が言うと
「はは、我々がこれから向かうのはハワイだ。パール・ハーバーの海軍基地に行く」

一九四一年(昭和十六年)十二月
ハワイ、オアフ島 パール・ハーバー 海軍病院



 早朝、龍一は、パジャマを着たままの状態で病室の窓から海を眺めていた。青い海からの爽快な潮風を感じながら、これまでのことを思い出していた。
 ハワイのオアフ島に到着した時は、かなりの高熱であった。すぐに病院に送られ、入院となった。その後、ただの発熱ではなく盲腸炎から来るものであることが分かった。
 盲腸を切る手術が行われ、手術は無事に成功。その後一週間ほど体調を回復するための入院生活が続いた。
 熱も正常に治まり、体力もかなり回復した。
 病院の窓からは、数キロほど離れた海軍基地が眺められる。太平洋艦隊の戦艦が何隻も係留されている。もう午前七時である。すでに甲板での朝礼が終わり、すでに多くの兵士が任務に就いている時間だ。
 龍一には確信があった。開戦となれば、間違いなくこの基地を奇襲攻撃することだろう。アメリカの軍部では、日本は東南アジアの石油が狙いなので主にフィリピンの基地が標的になるのではという憶測が強いようだが、それよりも日本軍にとって重要な標的はハワイの太平洋艦隊なのだ。東からの最大の脅威を削ぎ、それによって敵側の志気を落とすという狙いがあるはずなのだ。
 太平洋艦隊を壊滅させることが、国力の差からやらざる得ない短期決戦の要となる。
 しかし、そんなことをしてもアメリカに勝てる見込みなど所詮ない。一時的に優勢に立てても、後でいくらでもアメリカに取り返されるだろうし、売られたけんかには絶対に屈しないのがアメリカという国家の性格だ。
 そういうものを読み違えて精神主義に舞い上がった者共が、これから巨人に突進しようとしている。問題はいつになるのか。かなり近々であることは分かっている。
 コン、コンとドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ入って」
と龍一は言った。看護婦が朝食を運んできた。
 その時、ドドーと上空で轟音が聞こえた。龍一は、急いで窓の外に体を乗り出し眺めた。上空を飛行機、いや戦闘機が何機も飛び交っている。零戦だ。翼に日の丸の印があるのが見えた。
 ああ、なんてことだ。ついに来たのか。
 龍一は、看護婦を押しのけ急いで病室を出た。そして、パジャマ姿のまま、病院の外に出た。岸まで近付き、火や煙の噴き出す軍港を見つめた。
 戦闘機が次から次へと飛び交い、艦隊に向かって爆弾を落としていく。けたたましい音が、一帯に響き渡る。
「リッチー、病院に入ってください。危険です」
と看護婦が背後から大声で呼びかける。
 龍一には、爆音や飛行機の轟音で、その呼びかけが聞こえなかった。むしろ、誰の声も、全く耳に入らず目の前の光景に見入っていた。
 龍一は、思わず叫んだ。
「この野郎、何てことやったんだ。何てばかなことを」
 目から涙がこぼれた。その場を離れずじっと光景を見続けた。
 戦艦が煙を上げながら沈んでいくのが見えた。かなりの兵士が命を落としていることであろう。
 これから日本でも、もっと多くの人々が殺されていくであろうと龍一は予期した。アメリカが許すはずがない。徹底してその代償を日本に払わすだろう。
 翌日、ルーズベルト大統領がラジオ演説を行った。昨日は「屈辱として残る日」になったという言葉で始まり、何の予告もない奇襲攻撃を受け、日本政府は油断させようと我々を騙し続けてきたと。攻撃されたのはパール・ハーバーの他、マレーシア、グアム、香港、フィリピン、ミッドウェイなどであった。どんなに長引こうと勝利するまで戦い続けるべきだと。議会に宣戦布告するように要請し、ここにアメリカ合衆国の大日本帝国への宣戦を布告すると締めた。 
 ついに日本とアメリカの戦争が始まった。日本は同時に中国とも戦争をしている。その日本を助けるかのように、同盟国のドイツがアメリカに宣戦布告した。