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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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「デモクラシーを復活? は、日本にそもそもデモクラシーなんてなかったさ」
「いや、あったさ。君のような人がいたんじゃないか。君が新聞を使い広めていたじゃないか」
 龍一は、うなだれながら答えた。
「ああ、一時期そんな時代があったな。でも、挫折した。もう終わった。もともと日本には合わなかったのさ」
「そんなことなかったさ。いいところまで行ったんだ。普通選挙が実現した。婦人参政権だってもう少しのところだった。ある程度、民主制が機能していた。不況が襲って来なければ、軍部が変な台頭さえしなければ、こんなひどい状態にまでならなかったのだろう。君たちのような人が、生き残ればデモクラシーの復活も可能だ。そう思わないかね。死んで何もできなくていいのか」
 龍一は、チャーリーの言葉を真に受けないようにした。
「また、私を利用するつもりなのか」
「今の君に残された選択肢は、私に利用されるか、祖国に殺されるかのどちらかだ」
 チャーリーは、机の上の葉巻箱から葉巻を一本手に取り、ライターで火を点けた。
 龍一は、チャーリーを見つめ言った。
「これから私をどうするつもりだ?」
「君が望むのなら、私と一緒に羽田の飛行場に行き、待機している飛行機で日本を抜け出すことになる」
「抜け出すなんて無理だろう。一旦ここを出れば、特高の奴らが私を捕まえる。外交特権のあるあんたと一緒でも、外に出れば彼らの管轄内だ」
「じゃあ、どうすればいい?」
 龍一は、しばらく考え込んだ。そして言葉を発した。
「毛染め液は、ここにはないのか。それを持ってきてくれ。それからカナダ大使館に連絡を入れてくれないか」

 大使館前では、特別高等警察捜査官の神保勝が睨みを切らして張り込んでいた。これから捕まえるのは、白川龍一という名の超一級の国家反逆者だ。元総理の補佐官をやっていて、その立場を利用し、様々な国家機密を流してきた。この男が漏らした機密で数多くの軍人が中国大陸で命を落としたとされる。
 アメリカ大使館に匿われているとは、遂に正体を現したなと神保は思った。
 だが、もう逃げられやしない。利用してきたとはいえ大使館もずっと匿うわけにはいかず、お荷物として追い出すに決まっている。まあ、どうせ開戦となったら、堂々とこの中に踏み込めるようになるのだ。
 午前三時だ。外は実に寒いが、車の外に出て張ってなければならない。今は、玄関門の前にいる。何かが出てくる様子があれば、出てきた時点で停めて何者であるかを確かめなければならない。
 昨夜からずっと見張っているが、今のところ、玄関口から出ていく者の様子はない。一時間前にカナダ大使館からの車が入ったぐらいだ。
すると、同じカナダ大使館の車が、玄関門から出てきた。車にカナダの旗を立てている。
 神保は、すぐさま車の前に立ちはだかった。
「ストップ、プリーズ」
と大声を上げた。車は停まった。
 神保は、車に近付いた。英語で話しかけるつもりだ。英語は得意であり、これまで何人も外国人の尋問を担当したことがある。
 車の後部座席のドアが開いた。
「グッドモーニング、一体なんだね」
と白人の男性が車から降りて言った。
「あなたは何者だ?」
と神保は訊く。
「私は、ここの一等書記官をしているチャールズ・タウンセンドだ。いったいどういうことだ。大使館前で検問とは穏やかではないな」
とチャーリーは不機嫌な口調で言った。
「いえ、国家反逆者がここに逃げ込んだという情報が入りまして、それで張り込んでいるのです」
「何だと、そんな奴が逃げ込んだというのか、じゃあ、我々がここで匿っているとでも言うのか、無礼な。我々は、そんなことはしない。そんな奴が来たらこっちから追い返し君たちに突き出すよ」
 神保は、その話しぶりに白々しさを感じた。
「では、車の中を調べさせていただけますでしょうか」
 神保は、さっと開いている後部座席から誰が乗っているのかを見た。チャーリーが降りた空席の隣にサングラスをかけた男が座っている。軍服を着ている。
 まだ日の出前でこんなに暗い時にサングラスか。怪しいと思い、声をかけた。
「ミスター、すまないけど降りてくれないか」
と神保が言うと、
「おい、君失礼じゃないか。何の権利があって、命令をするんだ。彼はカナダの武官だ。これから彼と私はカナダ大使館の方で大事な用があるのだ。外交特権の侵害だぞ」
とチャーリーは怒りを露わにする。
「とにかく、この人を車から出して貰いましょう」
と神保が強い口調で返すと、サングラスをかけた男がさっと出てくる。
 男は背の高いがっしりとした体格をしている。薄暗いが、白人で髪の毛が茶色であることが分かる。
「名前は? それからサングラスを取ってくれないか」
と神保は言った。白川龍一のことはよく知らされていた。ポーランド人と日本人の混血で、髪の毛の色を変えると白人男性に見えるようになるという特徴を持っていると。英語を母国語のように話せることも。
「私はヘンリ・シャルボノです。カナダ大使館付き武官です」
と男は自己紹介をしながらサングラスを外す。
 男の顔は、典型的な白人だった。目が大きく鼻が高い。だが、白川龍一の顔ではなかった。渡された写真とは違う顔だ。
「ムッシュ、ケスカセ・・・」
という英語とは違う外国語が運転席から聞こえた。それに対し、シャルボノ氏は、同じ外国語で言い返した。
「何を言っているんだ?」
と神保が訊くと
「ああ、フランス語で話しをしたんですよ。我々はフランス系カナダ人です。普段はフランス語で言葉を交わしています。運転手もフランス系カナダ人です。彼は英語があまり得意ではありません」
とシャルボノ氏が答えた。神保氏は、運転席の方を見た。大きな眼鏡をかけた白人男性が座っている。神保にフランス語で何かを話しかけた。何を言っているのか分からない。
 そうか、カナダの公用語は英語とフランス語だったなということを神保は思い出した。
「もういいかな」
とチャーリーが言う。
 引き留めても仕方がない。どうやら彼らは関係ないのだろうと思い、神保氏は車を通させた。
 車は、さっと発車し、後部を見せてどんどん離れていく。神保は、じっとそれを眺めていた。果たして、それで良かったのか。どうも腑に落ちないことがある。何で、あの武官はサングラスをこんな暗い時にかけていたのか。何ともわざとらしくカモフラージュ的な感じがして怪しくてならない。一等書記官の男の様子も、どうも変だった。それに、何か大事なことをし忘れたような気がする。何を? そうだ。あの運転手、あの男を敢えて調べなかった。フランス語を喋る男。ふと、神保は、白川龍一の経歴を思い出した。あの男は、フランス語も堪能なのだ。
「おい、行くぞ」
と神保は車に飛び乗った。

 龍一は眼鏡を外し、アクセルをめい一杯踏み猛スピードで車を運転していた。すぐに追っ手が来ると言うことは分かっていたからだ。
 何とかごまかせた。一か八かの賭であった。その賭けに勝つか負けるかで自らの運命を決しようと考えていた。
 後は、その運命が飛行場まで持つかが問題だ。
「おい、車が追ってくるぞ」
とチャーリーが後部座席の裏窓を見ながら言う。