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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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「そんな、警察の話では、父は中国のマフィアと通じていて闇のルートを通じてアヘンの密輸をしていたって、父の会社の貨物にアヘンも発見されたことですし。新聞にもそう書いていたでしょう」
「おまえは、警察の言うことを信じるんか?」
 大西は、ぎょろりと龍一をにらんで言った。
「警察が嘘をついているとでも?」
「警察を動かせるもんが、嘘をついているといってもええかな、おまえの親父は、悪徳政治家とヤクザの連中にはめられたのかもしれん」
「何ですって?」
「鈴木宗ノ介って知っとるか? この辺の大物代議士や。こいつがな、白竜会とかいうヤクザと結託してアヘンを密輸しとるという噂があってな。うちらは、それが本当のことか必死で調べとうんやが、どうも証拠がつかめへんでな、おまえの親父さんのアヘン密輸容疑と聞いてピンときたんや。警察の動きもあまりに手際よすぎるしな」
 龍一は思った。なんだ、所詮は憶測で言っているのか、この男は。
「鈴木宗ノ介なんて人は、初めて聞く名前ですし、父の知り合いを誰から誰まで知っているわけではありません。もう父は死んだのです。これ以上、掻き回さないでください」
「何やて、貴様は親父をはめた奴らが憎くないんか、真実を知りとうないんか?」
 大西は、龍一をにらみつけている。龍一は、突然、貴様と呼ばれてぎょっとした。最初から、ずっとぶしっつけな態度には呆れる。いくら自分が年上だ、新聞記者だとしても、ずけずけと言い過ぎる。
「あなたは何様のつもりですか、新聞記者か何か知らないけれど、ずけずけと言いたい放題言って。父のことは僕があなたより、ずっとよく知っています。父は、あれで名うての貿易商でした。あの上海で財を築いたんです。上海ってどんなところか知ってますか? それこそ、いろんな人がいるんです。ギャングやマフィアなどが闊歩して無法地帯だともいえるところなんです。そんなところで成功を収めるには危ない橋も渡るし、まっとうなことだけしていればすむはずがないんです。父が、そういう連中とつるんでいたと聞いても驚くことではありません」
 龍一は、まくし立てるように言った。だが、言っていることに誇張はなかった。上海で育った体験からいえることだった。
「なーるほど、若造だが、海千山千ということやな。ま、言い過ぎたのは堪忍な。しかしな、わいは、このまま済ますのは納得いかんのや。何かあるんかと思うと気になってな」
 大西の表情が、悲しげになった。
「あなたがどうして気にするんですか? 父と知り合いでもない赤の他人なのに」
 龍一は言った。
「わいはブンヤなんや。真実を追うのが仕事なんや。そして、探し出した真実を多くの人に知ってもらう。それが、わいの使命にしとることなんや」
 大西がそういうと、二人はしばらく黙った。
しばらくの沈黙の後、大西はソファーから立ち上がり、この応接室の壁にかけられている数々の絵画を眺めた。
「これは、ヨーロッパかどこかの有名な画家の絵かいな」
 大西は雰囲気を和らげるかのように言った。
「いいえ、みんな無名の画家の絵です。父が、好意でお金を出して描かせた絵ばかりで、売っても何の価値もありません」
 龍一は、頭の中で遺産相続のことがよぎった。
「ほう、そうかいな。わいはいい絵ばかりだと思うで。名が通った画家が描いたからとて、いい絵とばかりは言えんのやで」
 そうかな? と龍一は、思った。龍一は絵画の価値などよく分からなかった。父は、貿易で美術品も扱っており、かなりの目利きであったのは知っている。しかし面白いことに、自分では高価な絵画などは購入しなかった。普通の西洋館と同様に室内を飾るため調度品や絵画は置いているのだが、この家と上海にいた時の家でも、絵画や調度品などの美術品は、評判や知名度よりも、自らの好みで選んでいた。
 そのうえ、絵画は、上海や神戸の売れない若い貧乏画家に描かせるのが常だった。父も、若い時代に苦労した経験があり、志のある若者の手助けをしたいなどと言っていたのを覚えている。
 いつも仕事で忙しく、ぶっきらぼうな父であったが、そんな一面があることを思い出した。
 龍一は、あらためて応接間の絵画を眺めた。上海と神戸の景色を描いた絵が数枚並べられている。まあ、まんざら悪くないなと思った。同時に、今まで見飽きるほど見ていた頃とは、全然違う感覚に襲われた。何だか、不思議な感覚だった。
「ほな、わいは帰るで」
 龍一は、大西を玄関の外まで送り出した。
「なあ、何か思い出すことがあったら、それか、何か見つけたら、わいに知らせてな」
「ええ、まあ」
 そんなものはないだろうと思いながら、龍一は答えた。
「ええな、このことはおまえだけのためやない。これはな、全ての民衆のためになるかも知れんのや」 
 大西は、大きな目をぎょろっとさせて言った。
「全ての民衆のため・・・」
「ああ、そうや、じゃあ、さいなら」
 大西は去っていった。
 龍一は、考え込んだ。「自分のためだけではない」という言葉が、心に響いた。

 ふと、大西に会ってから、何か事件と関わりのある何かに気付き始めた気がした。だが、それが何だかが分からない。多分、気のせいだろうと思った。

 翌日の朝早く、白川商会の顧問弁護士が訪れた。会社は営業停止後、財務処理を済ませたとの報告を受けた。予想されたことだが、この家を明け渡さなければならないことも知らされた。
 だが、悪い知らせばかりでもなかった。会社と家は失ったが、資産から借財を差し引いた後に、数百円ほどの現金となる遺産が残ったことを聞かされた。
 龍一は思った。このお金があれば、上海までの船代と当面の生活費は確保できる。我がふるさと、上海に行って、ゆっくり考えよう。
 もう日本に自分の居場所はない。
 
 龍一は、約二年間過ごしたこの家を惜しんだ。わずか二年間であったが、人生にとって大きなことが次々と起こった場所となった。母が病気で亡くなり、父は自ら命を絶った。不幸な思い出の残る場所ともなった。それだけに愛着も沸いた。
 龍一は、自分の部屋の窓から、外の景色を眺めた。もうこの景色ともお別れしなければならない。窓からは、神戸の町並みと港と海が見渡せた。毎日のように見る景色だが、何度見ても飽きず美しい。
 せめてこの景色を、そのまま持っていければと考えた。が、そのとたんあることを思い出した。そうである。半年ほど前に、ある画家が来て、この部屋から、この窓の景色を絵画にして描いてもらったことがあった。その絵は、応接間の壁にかけてある。これまで、父が様々な画家に描かせた風景画と共に。上海にいた時もそうだった。上海から神戸に移った時も、上海の町並みと住んでいた家、その周辺の景色を絵に描いてもらった。皆、無名の画家ばかりだ。神戸でも、同じことを何度かした。父の優しさの現われなのだろうか。大西という記者にその話を数日前にしたことを思い出した。
 無名の画家に描いてもらったためか、資産価値はないため差し押さえられることもなかった。せめてもの思い出として、この窓からの風景画は、一緒に持っていこうかと考えた。