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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 ポーランドは、領土から言葉まで、あらゆるものがロシアの支配下にあった。独立運動家はことごとく弾圧され、当然の如く、母は帝政側から破壊分子として目をつけられた。ポーランドにいるだけで命が脅かされるほどの危機にさらされたため、英国に逃亡した。その英国で、父、白川源太郎と出会い、恋に落ち夫婦となったのである。
 母、エヴァにとって、ポーランドは失われた母国であり、愛する息子に背負わせるわけにはいかなかった。日本人として生きていくことが龍一にとっては、幸せだろうと考えた。また、一九〇四年、大日本帝国がロシアに対し戦争で勝利したことが、息子を日本人とすることに誇りを持たせた。
 だが、エヴァは、帰国後、すぐに結核にかかり一年後に命を落とすこととなった。
 死に際に、ベッドの上で血を吐きながら、エヴァは龍一に遺言としてこう語った。
「リッチー、あなたには、健康な体があり、未来があり、そして、国があるのよ。あなたがうらやましいわ。あなたには、この国を誇りに思って、胸を張って生きてもらいたい」
 
そして、さらに1年が経った今、龍一は父親を失い悲しみにくれながら、茫然としていた。高校は卒業の運びで、大学進学も決まっていたのだが、父を失った今、自分が今後どうなるのか分からない。父の会社は、物品の差し押さえのため事業を停止させられている。事業が停止させられた上に、借財もあるので、倒産することになるのは確実だ。
 何よりも、つらいのは、自分が犯罪者の息子として生きていかなければならなくなったことだ。
 新聞は、でかでかと貿易商のアヘン密輸容疑と追いつめられた末の自殺事件として書き立てた。上海の中国マフィアとの黒いつながりがあるとも指摘された。アヘン密輸業者の白川源太郎の名は神戸だけでなく、関西一帯に知れ渡ってしまった。
 その汚名のためか、父の葬式は、しめやかに行われ出席者も父の親戚が数人出席しただけだった。葬式の後、使用人には暇を取らせた。 
 学校には通っていない。卒業間近なので出席の必要もないし、卒業式には出ないつもりだ。怖くて外を歩けない。屋敷の中に一人閉じこもっている毎日だ。
 だが、いずれこの洋館からも出て行かなければならなくなる。会社が倒産した後は、間違いなく借財の担保となっているこの屋敷は差し押さえられる。父が死んだ後に、警察に捜査のため隅から隅まで掻き回されたあげく、他人の手に渡される。
 自分は、住むところを失う。遺産はないどころか、父のせいで、まともな職にもつけそうにない。外に追い出されればのたれ死ぬこと確実だ。
 父の死を悲しむと同時に、目の前で訳の分からぬ自殺をし、突如、自分を独りぼっちにして苦境に追いやった父親を怨みたくなった。財産も残さなければ、遺書も残してくれなかった。

 ドンドン、と玄関のドアを強く叩く音がした。また、警察だろうかと思った。父の死後、何度か訪れ、いろいろなものを証拠品と称してこの屋敷から持ち去った。父の死で打ちひしがれている自分にも、事情聴取ということで、いろいろと質問をした。父の事業のことや交友関係についてがほとんどだったので、よく分からないと答えるしかなかった。
 刑事の一人は、龍一が源太郎から何かを託され、何かを隠してないかと問い詰めた。その質問には怒りを禁じえなかった。親子共々犯罪者だと疑っているのか、自分は何も知らないときっぱり答えた。
 そうすると、刑事は父が死に際に放った言葉「風見鶏」に何か心当たりはないかと訊いた。心当たりは全くなかった。この洋館には風見鶏はついていないし、風見鶏をどうこうするという話を父から聞いた覚えはない。近くに屋根の上に風見鶏をつけた家が数軒ほどあると言った。洋館の屋根に風の方向を知る風見鶏をつけるのは珍しいことではないとも付け加えた。
 玄関のドアを少し開いた。ドアの鎖はかけたままでだ。
 体のがっちりとした男が立っていた。背は龍一より少し低く、頭が少し禿げ中年風だ。やや着古した羽織と袴を着ていた。
 これまで会った警察の人間には見えなかった。亡き父の知り合いでもなさそうだ。会ったことのない初めての人物だった。
「どなたです?」

「こんにちは。わいは大西哲夫というて大阪朝夕の記者やっとるもんや。白川源太郎とかいう人についていろいろ訊きとうて来たんやが、おまえさんはここの家のもんか?」
 何だ、ぶっしつけな、と龍一は思った。新聞記者とは、こんな人種なのかと警察官と会った時と負けないくらいの怒りを感じた。
「だから何です? 何も話すことはありませんから帰ってください」
と言った。新聞記者がここに来たのは初めてだ。事件は、警察の発表がそのまま紙面に載せられていて、取材に来る新聞記者などいなかったのだ。
「どうやら、おまえさんは、白川のせがれのようやな。わいはな、おまえの親父さんの汚名を晴らせるかも知れんので来たんや」
 龍一は、はっとした。この男は何を言っているんだと思った。たじろんだまま、男を見つめた。
「ええから、わいと話しをしようで、坊ちゃんよ」
 大西哲夫は、にたにたとしていた。

 龍一は、大西に紅茶を差し出した。大西は応接室のソファに腰を下ろしていた。
「おおきにな」
 大西は、カップの中の紅茶をがぶっと飲むと
「なんや面白い味がすんな!わしはこんなもん、飲んだことねえで」
 大阪弁のきつい話し方が耳障りな感じがした。龍一は、この関西の人々の言葉が馴染めなかった。父は横浜出身なので、関東地方で話される標準とされる日本語を話した。上海に住む日本人も出身はばらばらなので、お互い話すときは標準の日本語になることが多い。神戸に移ってから、関西の言葉に触れることが俄然多くなったが、最初のうちはよく分からず、意思の疎通に困難をきたした。何よりもびっくりなのは言葉が違うのもさることながら、アクセントの高低が激しく、普通の会話がけんかごしに聞こえてしまうことだ。
 龍一は、差し出された名刺を見た。名刺には「大阪朝夕新聞 社会部記者 大西哲夫」と書かれていた。
 大阪朝夕といえば、読売や毎日などと共に関西で名の知れた新聞社である。白川家でも定期購読をしていた。
「いいお手伝いさんがいるんやな。なかなかうまかったで、茶だけでなく、淹れ方もええからな」
「お手伝いは、もういませんよ。僕が淹れたんです」
「ほう、おまいさんのような坊ちゃんがか、さすが西洋館に住んどる人らはちゃうな」
 龍一は思った。決して自分の淹れた紅茶はうまいものではない。普段は家政婦が淹れてくれるのだが、たまたま淹れ方を知っていただけのことだ。めったに紅茶など飲まない人には、うまいと感じるのかもしれない。
「ところで、父の汚名が晴らせるってどういうことなんです?」
 龍一は言った。
「おまえさんの親父は、アヘンの密輸などやってないということや。誰かがおまえさんの親父に濡れ衣を着せたってことや。おそらく、白川源太郎さんは、その誰かがやっていることを知ったために濡れ衣を着せられたと思うんや」
 龍一はぎょっとした。そして、まさか、と思い言った。