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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 龍一は、何も言わず、その場を立ち去ろうとした。これ以上、面倒なことに自らの身をさらすようなことなどすべきでないと思った。だが、軍人はさっと龍一の腕を握り言った。
「今に民衆が我々を支持し、そしてお前らがひれ伏す時がやってくる」
「何のつもりだ。批判を受けたことが、そんなに癪に障ったか。そんなことで国民のために尽くしているとでも言うのか。軍人なら、我々の規範となるべく、もっと堂々としていて貰いたいな」
 龍一は強気で言い返した。すると、軍人は、やや冷静になったのか、穏やかな表情となり
「すまない。さっきからずっとかっとなってしまって世話になっていながら無礼を働いてしまった。許してくれ」
と言った。
 龍一は、この場を穏やかにおさめようと
「もうどうでもいい。ところで、明日の朝、どこへ発つんだ。餞別を渡した者としては知っておきたい」
と返した。
「満州だ。数日中に瀋陽付近の駐屯地に赴任する。大日本帝国の財産である満鉄をシナ人から守るために出陣する。ところで言い忘れたが、俺は、関東軍第三師団歩兵八一隊中隊長の西村慎吾と名乗る。他の者は同じ隊の俺の部下だ。また、いつか会えることを祈る。ごきげんよう」
 軍人たちは、さっと敬礼をすると、その場をそそくさと立ち去っていった。
 立ち去っていく彼らの後ろ姿を見ながら、龍一は思った。勢いとはいえ、自分は、なんと無駄なことに金を使ってしまったのだろうと。

一九三一年九月 瀋陽郊外 柳条湖



 南満州鉄道の機関士は、夜中の線路を真っ直ぐ見つめながら列車を走らせていた。時間は午後十時を過ぎている。
 列車は主に貨物を載せているが、乗客も多少いる。その機関士は、夜行は慣れているのだが、普段以上の注意を払っていた。ここ最近の治安悪化が気掛かりだ。南満州鉄道は、いつ襲撃されてもおかしくない状況にある。特に夜行だと襲われやすい。
 ドスーンという激しい爆発音が聞こえた。目の前で火花が散る光景が見えた。機関士は、まずいと思った。ブレーキ弁を回し、列車を急停止させた。八両編成の蒸気機関車列は、急速にスピードを落とした。線路から火花が散り、鉄を引きずるような甲高い響き音が聞こえた。
 列車は停まった。正常に線路上に停まっている。機関士は、窓の外を見た。あたりに蒸気の煙のすすの匂いに混じって明らかに爆弾の火薬らしき匂いが立ちこめている。
 機関車の明かりに照らされた前方を見ると、数十メートル先に爆弾の爆発の跡のような煙が浮かんでいるのが見え、線路が割れている姿もおぼろげに見えた。
 機関士は思った。あと数秒遅ければ大惨事になっていたかもしれない。畜生、とうとうこんな状況にまで陥ったのか、シナ人の奴ラらめ、こんなことまでしてくるとは。
 すると、ドスーンという音が、また鳴った。今度は、複数が同時に、それも大砲の音だ。
 爆発音と同時に空に閃光が上がったと思うと、すぐさま地上に火と煙が広がる光景が見えた。機関士は体が震えた。まだ攻撃が続くのか。だが、攻撃の矛先は、この列車ではないようだ。
 数百メートル先の線路付近の建物を狙っている。そこはこの満州一帯を治めている軍閥、東北軍の兵舎があるところだ。
 となると、今、攻撃を仕掛けているのは、満鉄護衛のため駐屯している関東軍ということか。

 深夜、大阪朝夕の通信室に緊急電報が入った。龍一は、電話で社に呼び出され国際部部室に戻った。緊急に現状報告と編集会議が開かれた。
 朝刊の見出しは決定した。
「南満州鉄道攻撃される 関東軍 自衛のため東北軍と交戦状態に入る」
 社は、急遽、満州へ取材のため航空機を派遣することを決定した。取材班を乗せた航空機が満州の瀋陽に向けて飛び立った。
 国際部の部室は大騒ぎだった。この時こそ、龍一を含め国際部記者達の活躍の機会だ。部長である龍一は、政府機関、軍部などへの情報収集の手はずを次から次へと仕切っていった。
 関東軍の進駐の知らせがどんどん電報で入ってくる中、龍一自身も、通信室の無線機を使い、瀋陽にいる記者と交信しようと試みた。
 龍一は、瀋陽支局の「銭」を呼び出し交信をした。龍一も銭も電信無線の操作方法を熟知している。それも社内では二人しか使わない中国語による電報だ。

龍一「さっそくだが、君だけに頼みたい取材がある。どうしても気掛かりなことだ。今度のことは東北軍の攻撃にしては突発過ぎると思える」

銭「私もそう思います。東北軍は、今主力部隊を華北へ駐屯させています。そんな時に、満鉄を襲撃するなど信じがたいです」

龍一「私は、この事件には何か裏があるように思えてならない。君は、何とか東北軍の幹部と接触してくれないか」

銭「分かりました。任せてください」

 龍一は、この時をずいぶん前から予想していた。そのためにもと思い、銭には中国人の立場で東北軍との接触ルートの構築を頼んでいたのだ。
 そして、龍一には確信があった。この満鉄線路爆破は東北軍の仕業ではないであろうと。だが、誰の仕業であるかは証拠がそろわない限りまだ断言できない。

 会議のテーマは思った通り「満州事変」に関する編集方針だった。会議室は重たい空気に包まれていた。龍一は、会議テーブルの末端に座り、出席者全員の注目を浴びる形となった。龍一の真向かいには、三木谷社長が座っていた。三木谷氏は無表情だった。周りには専務と編集局長、役員、編集委員、各部の代表が座っている。編集局長は言った。
「そろそろ、満州における戦線報道の編集方針に変更があってもいい頃だと思うんだ。分かっての通り、競合他紙は、皆、軍部応援で記事を埋め尽くしている。我々だけが、ただ事実を淡々と報じるような報道に徹するのはどうかと思うんでね。読者からの投書にも、面白味が欠けるという意見が寄せられている。何よりも困ったのは不買運動だ。どれだけ広がりを見せているか分からないが、販売の方では困り始めていると聞く。冷静に報じるのも大事だが、新聞というのは大衆のためにあることを忘れて貰っては困る」
 編集局長の口調は遠慮がちだった。それが龍一にとってはせめてもの救いに感じられた。この場を乗り切るには、切り札を出すしかないかと思った。
「実を申しますと、今、とても重要な情報を入手しようとしています。今回の鉄道爆破事件は、軍部の発表では東北軍によるものと伝えられていますが、私の独自筋によると、関東軍による自作自演ではないかという疑いが出ています」
 会議室が騒然となった。社長以外は、「おいおい」という感じでそわそわと喋り始めた。
「何を大それたことを。証拠があるわけでもないのに不適切だぞ」
と編集局長が言うと、龍一は
「証拠を何とか入手しようと思っています。事実であることが証明できれば大特ダネです。冷静な報道をしてきたことが報われるかもしれません。報道の方針を変えるのは、それがはっきりしてからでも問題ないかと思いますが」
と遮るように社長に向けて話した。
 会議室はさらに騒然とした。編集局長は、どう返していいのか分からなくなった様子だ。
 突然、社長が口を開いた。
「白川君、君は確信を持っているのか。このままでやっていけると。今、自分の考えていることが正しいと」