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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 ニューヨークはアメリカ最大だけでなく、世界最大の都市といってもよかった。街には、「摩天楼」と呼ばれる何十階もの高さのビルがそびえ立つ。龍一が訪れた日本、中国、欧州の都市では見られない光景であった。強大な資本力と技術力の差をまざまざと見せつけられる。こんな国には、かなわないという印象を与えられた。
 滞在から数ヶ月が経った頃、日本から電報で思わぬニュースを知らされた。それは、明宮嘉仁親王、大正天皇崩御のニュースであった。死因は心臓麻痺であった。四七歳の短命での崩御であった。そもそもから病弱であったことは知られていたが、そのニュースは衝撃的で伝統ある日本皇室の逝去のニュースだけあり遠い米国の地でも大きなニュースとなっていた。
 天皇の崩御により、年号は「大正」から「昭和」に変わった。「昭和」という言葉の由来は、中国儒教の経典の中にある「百姓昭明、万邦協和」から取った字であるということだ。それは、国民の平和と世界の共存繁栄を願う意味が込められている。希望を与える言葉であるが、最近の日本は景気が悪くなっていくばかりというニュースも伝えられた。
 アメリカは、対称的に繁栄を謳歌していた。街中に高級車が走り、貴金属品が売れ、株式投資がブームとなっていた。
 人々は、繁栄と自由を思いのままに楽しんでいる感じがした。すでに女性の参政権が認められ、女性たちは髪の毛を短く切り、スカートの丈を短くして自立心旺盛であった。この光景を朝倉環に見せたいと思った程だ。
 だが、自由で繁栄を謳歌しているアメリカでありながら、それらしくないものがアメリカにはあった。「禁酒法」である。一九二〇年に連邦議会を可決して全国的な法律とまでなったが、この法律は酒の販売・輸送を禁じていながら、飲酒そのものは禁じてはないという矛盾に満ちた法律でもあった。
 法律が守られ道徳が保たれるという期待があったが、実際は、その逆であった。合法的な酒は禁じられたがために、非合法な酒の密造や輸送が横行した。それは、裏社会の稼業を肥やす結果となり、その裏社会での権力争いによりギャング同士の抗争が絶えず、かえって治安の悪化を招いた。龍一は記者として、その様子を取材し、格好なニュースとして日本に配信した。繁栄するアメリカの矛盾する姿として興味深いものであった。
 アメリカの繁栄は、電報を伝わってくる日本の不況のニュースとは対照をなしていた。日本では不良債権を抱えた銀行の取りつけ騒ぎが起こり急遽、銀行の営業停止命令が発せられ政府は急場をしのぐため、裏面を印刷していない紙幣を大量に発行した程だ。
 だが、アメリカの好景気も、けっして楽観視できるものではないといわれた。というのは、株価の高騰などが実体経済にそぐわないという批判が経済の専門家などから聞こえる。投資家の方からも過熱気味だという批判があり、そろそろ冷めていくのではという危惧が囁かれた。
 そして、その予想は、見事なまでに的中した。一九二九年十月二十四日木曜日、自動車の大手ゼネラル・モーターズの株価が暴落したのに始まり、株価が売り一色となり軒並み大暴落した。ついに実体経済が姿を現したのだ。それは、誰も想像したことのない恐るべき実体であった。
 龍一は不安に駆られた。これからどうなるのだろう。今まで好景気を期待してモノを大量に生産をしてきた企業は莫大な在庫と負債を抱えることになる。企業が負債を抱え倒産すると失業者が増え、それがさらに経済を疲弊させる。世界最大の経済であるアメリカがこんな状態に陥れば、他国にも多大な影響を与える。日本の不況にも拍車をかけることになる。欧州も不況に入っている。不況がどんどん拡大していき、世界中が「恐慌」状態になるのではと。
 そんな不安を抱えている最中、日本の朝夕本社から帰国の通達が配信された。龍一は、すでに不況が深刻化しているといわれる日本をじっくり見ようと考えた。
 
 一九三〇年一月、東京に戻り帰国した龍一に待っていたのは、本社勤務の辞令ではなかった。新たな特派員任務であった。
 派遣先は、中国大陸の東北部、満州であった。

一九三一年二月、中国 大連
 赴任から一年が経った。龍一は得意の中国語を活かし満州中を動き回ったこの一年間を思い起こしていた。ハルビン、瀋陽、大連、長春など満州と呼ばれる中国東北部の都市を回った。
 満州での赴任の主な目的は、いわゆる「満蒙問題」と呼ばれる事柄を取材し、報じることであった。満蒙問題とは、日本が日清戦争と日露戦争により獲得したこの満州蒙古地方における権益をいかに保守するかという課題である。
 日本には、遼東半島の租借権、そして、満州を縦横する南満州鉄道の権益があった。だが、この地方全体は張学良率いる東北軍が実行支配しており、また、中国全体が、統一に向かいつつある今、列強の支配に対する抵抗運動も盛んになっており、その上、満州の北方には新たなる共産主義国家ソ連がいる。ソ連も、権益拡大のため満州をにらんでいるのだ。
 日本にとっては気掛かりな事態であり、特にこの地方に駐屯する帝国陸軍の方面軍の関東軍にとっては、なおさらのことである。
 龍一は、大連の関東軍司令部建物の応接室にいた。この満蒙問題を取材する上で最も重要とされる人物に会うためだ。凍りつく外とは違い、この部屋の中は上着を着ているのが暑苦しくなるほど、暖炉の火でにえたぎっていた。


 龍一は対談の準備をするため、メモと鉛筆を手に携えていた。対談相手は、関東軍参謀石原完治氏。龍一は、この一年で最も身の引き締まる思いでいた。なぜなら、この一年の締めくくりといえる取材になるからだ。来月には帰国することが決まっていた。最後の特派員報告となる。
 応接室のドアが開き、目的の人物が現れた。軍服に厚手のコートを羽織っており、そのコートには雪が積もったままで、今、到着したばかりであることを分からせた。
「お会いできて光栄です。参謀」
 龍一はソファから立ち上がり一礼した。この人物との対談がやっと実現するという感激で一杯だった。一年間、ずっと取材を申し込みながら何度も断られついに実現した対談なのだ。
「できるだけ手短にしてくれないか忙しいんでね」
 そっけない言葉と共に、いかに忙しいかを見せるためか、石原氏は、コートを脱がないまま椅子に座った。
 ならばと思い、龍一はさっそく本題に入った。それは、関東軍が満蒙問題の解決には、この一体に新たなる国家を築くという構想を練っていると聞かされたからだ。その真意を構想の立案者でもある石原氏から聞きたかった。
「それでは本題にさっそく入りますが、新国家建設構想とは、どういうことなのでしょう。すでにこの一帯は、様々な民族が流入しているとはいえ東北軍が実行支配していますし、今更、我々が国家を築いて、ここの人々のために精を出す必要はないのではないでしょうか。それに、東北軍も現地の人々も、新国家建設など望んでいないでしょう。むしろ、そんなことをしようとすれば現地の人々の反感を買い、かえって日本の権益が危ぶまれる事態になるのでは」