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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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 龍一は、他の記者や社会部長、編集局長らと共に事情聴取を受けた。龍一は、なぜかこの記事が自分が書いたものであることを言わなかった。少なくとも、大西が自分が書いたものであることを検察側に話すまでは言わずにおこうと思った。自己防衛のためではなかった。これ以上の混乱を避けたかった。そして、この起訴が、もしかして大西が名前を変えた理由だったのではと思った。大西は、起訴される可能性を踏まえて、自分の名を伏せたのではとなんとなく悟ってきた。
 しかし事態は、さらに深刻であった。検察側は、同じく新聞紙法の四十三条の起訴も準備しているというのだ。それは「第四十一条を処罰するに於いて、裁判所はその新聞紙の発行を禁止することを得」というもので、安定秩序を乱し、風俗を害した記事を掲載した際は、編集人、発行人に対する処罰とは別に新聞紙を発効禁止にすることができるというものである。発効禁止とは、特定の号をの発売を禁止するのは全く異なり、将来に向かって同一新聞紙の発行を永久に禁止する処分で、新聞社にとっては死刑宣告と同然である。

 一九一八年九月
大阪地方裁判所で大西哲夫を被告とした公判が開かれた。裁判は、なぜか非公開となったため傍聴は許されなかった。また、大西との面会も弁護士以外は許されず、龍一は、はがゆい気持ちにさせられた。今からでも遅くはない。自分が執筆者であることを公にしようと考えたが、大西と話ができない状態では、どうすべきかが全く判断しようがない。仮に自分が執筆者であることを告げても、大西が免責されるわけでもない。記事の名義人としての責任が問われることとなり、また、取り調べに対して虚偽の証言をした罪も加わり、さらに重い罪に問われることになる。どちらにしても、大西にとって得なことはない。
 裁判の弁護は、社の顧問をしている敏腕弁護士が担当していると聞いた。だが、検察側も、検事局では古参の検事を送り出して争っていると聞く。この裁判で有罪の判決が出れば、次は大阪朝夕への起訴となる。
翌月、判決が出された。大西哲夫を新聞紙法第四十一条違反、安定秩序を乱した記事を書いた執筆記者として禁固三ヶ月の刑を受けることとなった。
 ちょうど同じ時期に、政変が起こった。寺内正毅内閣が総辞職したのだ。これは、米騒動への対応と報道規制に対する批判を受けての引責辞任だ。代わりに総理に就任したのは、寺内内閣で法務大臣を務めた原敬氏だ。

 大阪朝夕新聞社社長室。
 顧問弁護士と山村宗太郎社主は、顔を向かい合わせ応接用のソファに座っていた。
「社長、検察はすぐにでも、この社を起訴する構えです」
と弁護士は神妙な面もちで言った。
「なぜなのだ。今までだって何度か記事の発行禁止は出されていた。今回に限って、なぜ我が社を潰すまでの処置をしたがる」
 山村は、やるせない気持ちを弁護士にぶつける勢いで問うた。
「これは検察と言うよりも、内務省、つまりは内閣の意向と考えるべきでしょう。当社は、以前から寺内内閣ににらまれていました。政権の批判を散々にやってきたからです。その結果、内閣は総辞職するまでになりました。ですから、政府としては、今後のことも考え、この機会を逃すまいと今まで以上に力を入れているのです」
「我々に勝ち目はあるのか?」
「最大限やっていますが、相手側も手強いです。大西氏に有罪の判決が出されてしまってますから、状況は不利です」
 両者は、蒼白な表情となった。会社を解散させなければならないのか、という思惑がよぎった。大阪朝夕の創始者である山村にとっては、身を引き裂かれるような思いだ。明治中期に創業させ、関西一帯に三十万部も売り上げる大衆紙として発展させた。それが、このような終わり方をするとは。
「社長、実を申しますと、検察側から非公式にですが、取引の申し出がございまして」
「取引だと?」
「あくまで非公式なのですが、あちら側の提示する条件を呑めば四十三条による起訴を取り下げ、会社の存続を保証すると」
「何! それはどんな条件なのか」

 拘置所にいる大西に面会をしにきた者がいた。社会部長の岸井信男だ。二人は、二人だけの面会室をあてがわれ、机に向かい合って座っている。
「大西くん、気分はどうかね」
という挨拶言葉を最初に発した。
「いいわけないでしょう。こんな判決、納得いかへんです。裁判官も検事と組んでたような感じで、きっときな臭いことがあると思いますよ。わいは、控訴するつもりです。会社もそのつもりでしょう。このまま、あの連中に潰されてはたまりませんから」
「そのことなんだが、控訴はやめてくれ、そうしないと会社が困るんだ。そのことを伝えに私はここに来た」
 岸井がそう言うと、大西は立ち上がった。
「なしてですか、会社と言論の自由が潰されようとしてるんですよ。なして戦わないのですか」
「会社がそう決めたんだ。君が控訴を断念して刑に服する。そして、会社は、今後あのような記事を書かないことを約束する。そして、君と私、編集局長、それから、社長は責任を取って辞職するということに決まったのだ」
「なんやて! そんなの納得いかへん」
「ああ、納得いかないよ。だが、社が存続するにはそれしか方法がないのだ。検察が発行禁止の起訴をしない代わりに社が呑んだ取引だ。裁判になると勝ち目がない。そうなると、大阪朝夕はお終いだ」
 両者の声の調子は穏やかではなかった。
「わいは控訴を断念しません。戦うつもりです。最後まで、大審院(現在の最高裁判所)に行くまで戦って見せます。これは、会社とは関係あらへんす。わいの問題として戦います」
「そういう訳にはいかないんだ。君が控訴しては取引が成立しなくなる」
 岸井は、大西に冷や水を浴びせるようににらみつけながら言った。
「なしてです、部長? あんたは、どうしてそんなに変わったのですか? 一緒に民本主義や言論の自由のために戦って来たのでしょう。なして、今になって、会社やめさせられ、わいにできんことを頼みはる。見損なったで!」
 大西は返すように怒鳴りつけた。
「大西くん、分かってないようだな。権力というものを。権力はな、恐ろしいものなんだぞ。君や私のような者など簡単に吹き飛ばしてしまう力を持っている。もちろん、我々がお世話になり続けた新聞社もだ。我々には、かないっこない」
「わいは、そんなこと信じんで。わいは戦う。あんたがなんと言おうと会社がなんと言おうと、わいはこの国のためにも戦い続けたいんや。言論の自由を殺してしまってはあかん。わいのことはどうなってもええんや」
 大西は、是が非でもという表情を岸井に見せつけながら言い放った。
「そうか。君がそのつもりなら、私もすべきことがある。あの記事のことだが、あれは君が書いた者じゃないな。そのことは警察には話さなかったが、私は分かっていた。あの文の書き方からして君のではない。特に「白虹、日を貫けり」のところは君らしくない。誰が書いたのかも分かっている。白川龍一くんだろう。君の愛弟子の。君が、控訴をするとなるなら、私はそのことを検察に告げるぞ。そうなると、君のみならず、白川くんもお終いだ。彼も起訴され、刑務所行きになるだろう。そして、新聞人としての生命を絶たれる。それでいいのか」