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かいかた・まさし
かいかた・まさし
novelistID. 37654
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失敗の歴史を総括する小説

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「ああ、分かったで。おばちゃん、俺達がしっかりあんたらの思いのたけを伝えてやる」 傍に大西がいた。中年女性は、目から涙を流していた。
 突然、警察官が中年女性に近付いてきた。そして、女性の腕を捕まえ引っ張る。女性は激しく抵抗した。
「何するんや」
と大西が警官に食ってかかろうとするが、女性は警官に引かれどんどん離れていく。警官の数がどんどん増え、女性達がどんどん取り押さえられていった。
 その日の大阪朝夕の夕刊一面にこのような見出しが載った。
「富山の女房達による米出せ一揆、シベリア出兵のつけ」
 記事には、政府のシベリア出兵を政府の愚作と批判、米の高騰を招き、このような事態を招いたと伝えた。 
 記事の発行の後、この事件は全国に「米騒動」として広まり、同様の米問屋襲撃事件が各地で相次いだ。農村のみならず、都市部にも飛び火していき、各地の新聞は、事件の様子をつぶさに報道し、記事が新たな米騒動を起こすという連続だった。
 神戸では米問屋の焼き討ち事件が起こった。 
 大西と龍一は、その様子を取材して記事にしようとした。ところがとんでもないことが起こった。
 内務省が「米騒動」の報道記事を掲載禁止にする通達を出したのだ。
「この野郎、なんてことしやがるんや」
と大西は怒りの声を上げた。
 社内は、どんよりとした雰囲気となった。新聞記者なり立ての龍一にも、釈然としない感があった。確かに、記事の掲載により、暴動が全国に広まったのは確かだが、だが、記事が原因ではない。元から多くの人々が持っていた怒りがそこにあったからだ。我々は事件を伝えたに過ぎない。暴動を煽っているわけでも支持しているわけではない。
 人々の怒りを抑えたかったら、政府は、この米高騰の現状を改善する政策を出して解決すべきだ。  
「俺達も決起するんや」
 大西が雄叫びを上げた。
「いいか、他の社の記者どもにも呼びかけて、記者たちで集会をするんや。報道を規制するとは、言論の自由に対する恫喝や。俺達も、負けやへん。俺達は言論で勝負するんや。みんなで団結して、俺達の書く権利を守るんや」 社内のムードは、その雄叫びで一転した。記者達は電話を取り、手紙を書き、市中を駆けずり回った。
 岸井社会部長は、社主と話しをつけにいった。大阪朝夕が主催となり、他の新聞社と共に新聞記者の言論の自由を求める決起集会を開く準備が着々と進んだ。  
 
 決起大会の会場となった大阪ホテルの大広間には、情熱に燃える新聞記者たちが集まっていた。「言論擁護内閣弾劾関西新聞社通信社大会」と銘打たれ、大阪の五社、大阪朝夕新聞社、大阪毎日新聞社、大阪時事新報社、関西日報社、大阪電報通信社が主催者として呼びかけた大会となったが、東海、近畿、山陽、山陰、北陸、四国、九州の各地から八十八社、百六十六名の記者たちが賛同し、代表者を送り込み結集した。
 龍一は、大西、朝倉環、岸井社会部長らと共に開会の二時間前に着いていて、準備をした。まさか、こんなにも多くの新聞社と記者が集まるとは予想だにしていなかった。それだけ、言論の自由を求める声が強まっていることを感じた。
 開会の辞が、岸井社会部長によって述べられ、大会が始まった。
「ここにお集まりになった新聞社の方々は、様々な考えを持ち、平素必ずしも一致しているとは限りません。然るに、この度は、諸君が代表せらる各社は言論擁護内閣弾劾という共通の目的の元、結集したのであります。新聞社は筆を以て意見を発表するのが仕事でありますが、このような国家非常時には、実際的行動に踏み出さなければならないのです」
と岸井は熱く語った。さっそく会場は総立ちの拍手となった。
 次に、この大会の座長に山村宗太郎大阪朝夕新聞社社主の選出を決定。山村社主は、壇上には立たず、壇の端の椅子から立ち上がり、一礼して選出を受諾した。龍一にとっては、社主と顔を合わす最初の機会だった。山村社主は、あまり自分の意見を言わない人だという話を聞いたことがある。頭の禿げた初老の紳士で、無表情で寡黙な印象を与える人だ。
 その後、大会宣言へと移った。大阪毎日新聞社相談役の梶原孝三氏が、宣言を述べた。
「言論擁護、内閣の目的を達するため、言論を弾圧する寺内内閣は、米騒動の失政の責任を負い、即、辞職すべし。米騒動の責任は新聞報道にはないのであり、即、報道規制を撤回すべし」
 また、総立ちの拍手が起こった。
 次に、各新聞社から代表の新聞人が、壇上に立ち演説をすることとなった。 
 最初の演説者は、大西哲夫記者だ。龍一は、メモを取り、目と耳を壇上の先輩記者に傾けた。 
 大西は、固い表情をしていた。演台のマイクに口を近づけた。
「諸君、この大会は、我ら新聞社と記者のためだけに開いたものじゃない。我が日本国民全てのために開いたものだ。我々新聞人は、常に民衆のことを考え、民衆が知るべきことを伝えることを使命としてきた。今、それが踏みにじられようとしている。そのことを黙っていられるか、黙っていられんよな。俺たちは、戦うぞ。言論の自由のために。誰も、いいたいことを言えない。伝えるべき真実を伝えられなくなったら、この国はお終いや」
「そうだ、そうだ」
呼応するように会場がどよめいた。
「わいらは戦うぞ。絶対、負けへんぞ!」
大西が大声を張り上げた。
「負けないぞ、戦うぞ」
 会場も叫び声で返した。大きな叫び声が響き渡り、広間の天井に吊されいたシャンデリアが揺れるのが見えた。椅子に上がって大声を叫ぶものもいた。会場は、激しい熱気にあふれていた。
 龍一は、筆を止め、その雰囲気に浸ってしまっていた。自分は、記者としてこの会場の様子を記録することが役割であったが、何だが、冷静にメモに走り書きをすることができなくなっていた。
 それは、自分自身が、新聞記者であることを深く自覚したために、新聞記者としての仕事ができなくなるという矛盾した感覚であった。 
 ここにいる記者たちと共通の想いを自分も持っている。言論の自由を守りたい。それが、新聞のためであり、それを読む民衆のためでもある。自分には、記者としてそれを守るために戦う義務がある。
 龍一は、一旦とめていた筆をまた走らせた。戦う新聞記者だからこそ、記録する義務があるのだと自覚したからだ。
 大西が演壇から下がると、次々と各社の代表が上がり、熱弁をふるった。
「言論の自由を守れ」「寺内内閣を打倒せよ」とのスローガンを誰もが連呼した。 
 数時間もの熱弁の後、大会は盛況裡に終了した。
 新聞社に戻ると、この大会の報道記事の執筆にとりかかった。他の取材記者と共に相談して紙面をどうするか考えることとした。
 明日の朝刊の一面にこの大会の模様を伝えた記事が載る。
 龍一は、現場取材記者として記事を書くことになった。大西記者がそうするように強く勧めたのだ。これは単なる報道記事だけになるものではない。記者としての宣言文の意味も込められている。龍一は、じっくり考え筆を取り、ゲラ原稿を書き進めた。