白波瀬編
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「―――おい。いい加減に人のスーツから手を離せ」
モデルさんたちによるデモンストレーションが終わり、次は各メーカーによる商品説明が始まろうとしていた。
私は、最初ほど緊張はしていなかったものの、これからこの大勢の人の前で話さなきゃいけないのかと考えると、もう、今にも倒れそうになっちゃって、社長のスーツの裾を掴んで放せなくなっていた。
「だって、社長」
「情けない声を出すな。お前は本当に成長しないな」
「女性に対してそんな言い方はないんじゃないかな? 御影山」
また社長に怒られた所で、聞き覚えのある声が社長の向こう側から聞こえてきた。
この声はまさか……。
「いつから偉そうに俺に意見が言えるようになったんだ? 白波瀬」
「……えっ!?」
嘘、白波瀬さんっ!? 私が慌てて社長の影から飛び出すと、そこには見慣れた男性がいつも通りの笑みを浮かべていた。
「物心ついたときから、かな?」
微笑んだままそう答えた白波瀬さんに、社長は小さく舌打ちをした。
「しっ、白波瀬さんっ!!」
「こんばんは、葉月さん」
優しく声をかけてくれる白波瀬さんに会えた驚きと嬉しさで、彼に向って駆け寄ろうとした私の腕を、社長が掴んで引っ張られてしまった。
「痛っ」
「―――おい、どういう事だ? 何故白波瀬がうちの葉月を知っている?」
「まだ美成堂の社員じゃないだろ? 葉月さんとは、偶然知り合ったんだ。何度も食事に行ったし、美成堂の新製品についても教えてもらった。本当にありがとう、葉月さん。とっても助かったよ」
「えっ? えっ?」
一体どういうこと? 白波瀬さんは何を言っているの?