白波瀬編
6
白波瀬さんの協力もあって理想的な冊子が完成した。完成品を見た社長からは「これならいけるだろう」という判断を貰えた。良かった! 本当に間に合って良かった! それもこれも白波瀬さんと吾妻屋さんのおかげだ。なんとか白波瀬さんにお礼を言いたかったんだけど、新作発表会の前で忙しいのだろうか、その後も電話が繋がる事はなかった。
「おい葉月」
社長室で箒片手に物思いに耽りかけた私を、社長の声が現実へと引き戻した。
「は、はいっ!」
「まだぼーっとするには早いぞ」
「す、すみません……」
私の事を相変わらずだなといった様子で見つめた後、社長はおもむろに有名ブランドの紙袋を取り出した。
「お前にだ」
「え? ここここ、これを? ど、どーして私に?」
「変な勘違いをするなよ、気持ちが悪いからな」
「しませんよ……」
もしかすると頑張った私へのご褒美かもー!? なんて甘い夢を見かけた所にこのパンチ。やっぱりこの社長鬼だわ。
「お前を新作発表会に連れて行く。いい経験になるだろうしな。そこでこれだ」
と言いながら紙袋を軽く持ち上げてみせる。
「お前のクローゼットを見た時に、ろくなドレスが無かったからな。新作発表会は公式の場だ。それに似つかわしい格好をしなければならん。とりあえず俺が見立てておいたから、当日はこれを着て会場に入るように」
「は、はいっ!」
ってこのドレス、超超高級品よね……。支払いとかどうしよう……。なんて思いながら紙袋を受け取ると「代金の事なら心配するな、貧乏人から金を巻き上げるほど金に困ってはいないからな」という全てを察した社長の声が頭上から届いた。うっ、私ったらまた顔に出てたみたい。そして相変わらずのこの物言い。でも自分で払え! なんていう展開にならなくて本当に良かった〜〜! 恥も外聞も捨て、心から安堵してしまった。
そんな私の変化する乙女心を知ってか知らずか、社長は憮然とした態度のまま言葉を続けた。
「何があっても秀麗に負ける訳にはいかない。いいか、新作発表会の後にも仕事は山積みだ。このグロスがヒットしなかったらお前は一生我が社の小間使いなんだからな。約束を忘れるな?」
「……」
なっ、なんで会社の掃除の仕事から会社全体の小間使い(しかも一生って!)に就職先が降格してるのよ!
「新作発表までは後わずかだ。気を抜くなよ」
「はい!」
力いっぱい返した私の返事に満足したような笑みを一瞬浮かべると、社長は忙しそうに川島さんと社長室を後にした。社長がいなくなった後、こっそりと袋を開けてみると、中にはターコイズカラーのハイウエストワンピースが入っていた。少しラメの入ったワンピースはふわりとしたスカートで、歩くときれいに揺れるように出来ていて、それに合わせたミュールと、シンプルなバッグまで入っていた。どれもこれもすっごい可愛い! そして高そう……。本当に支払いは社長持ちで良かった〜! と心でガッツポーズをした半面、こんな物まで用意してもらって本当にいいのかな? と不安になる。ううん、これをやって良かったって思ってもらえるように、新作発表会もしっかりと頑張らなくちゃ!
私は改めてもう一度、そんな風に決意を固めた。