白波瀬編
***
吾妻屋さんに着くと中から店主さんが出迎えてくれた。
「私、美成堂の葉月という者で――」
「お話は伺っています。どうぞ中へ」
そう言うと好々爺といった様相の店主さんは、私を店内へと導いてくれた。
店内に入ると紙の匂いが鼻腔を優しく刺激した。なんか懐かしい匂い――。
「化粧品用の冊子に使うんでしたら、この辺りの紙なんてどうでしょう?」
白波瀬さんがしっかりと話をしておいてくれたようで、通された部屋にはそれっぽい紙の見本が用意されていた。
「うわぁ、どれも素敵ですね! 早速ですがこちらはおいくらでしょうか?」
用意されていた紙は私が理想としているような物ばかりで、中でも一番気に入った物の値段を聞いてみる。でもきっと、これは高い……。
「そちらでしたら――」
そう言って店主さんが提示された金額は驚くほどの安さだった。
「え? あ、あの本当ですか?」
「勿論。嘘なんて言いませんよ」
「これに決めます!!」
さんざん色んな店を回ってきたから、これがどんなに凄い事かは十分すぎるほどに分かっている。だってこれじゃあ……この値段じゃあここの店主さんの儲けなんて、あってないような物なんじゃないかしら……?
不安になって思わず店主さんの方を見ると、店主さんはにこにこと笑っている。
「あの、どうしてこのようなお値段で?」
こんな事聞いちゃいけない事なのかもしれないけど、聞かずにはいられない! だって破格すぎるもの!
私の不躾な問いにも店主さんは笑みを崩さないまま口を開いた。
「そりゃあ白波瀬の坊ちゃまのたっての頼みですからなぁ」
「へ? 白波瀬の、坊ちゃま?」
「ああっと! いけない、これは秘密でした。娘さん、どうか今言った事は忘れて下さい。それがこの値段の条件です」
「……分かりました」
とは言ったものの、白波瀬の坊ちゃま〜〜!? もしかして、もしかすると、白波瀬さんって実はすっごいお金持ちなのかしら……。そう言われると、物腰の優雅さも納得だわ。
とにもかくにも白波瀬さんのおかげで紙も準備できた! その旨を社長に伝えると、社長は満足そうに「よくやった」と褒めてくれたので、思わず肩の荷が下りる思いがした。
白波瀬さんにもお礼を言わなくちゃ! そう思って電話を掛けたけど、結局何度かけても繋がらなかった。