御影山編
5
翌日、ほうき片手に私の緊張は最高潮に達しようとしていた。
昨日の夜、社長に手伝ってもらうことを決断し、その旨をどう伝えようかと気構えているのだ。
うう……こんなに心臓が痛くなるなら、いっそのこと白波瀬さんに甘えた方が良かったんじゃ……
そんなことを考えていると、がちゃりと言うドアが開く音と共に和田さんと田村さんの「おはようございます」という挨拶が聞こえてきた。
「おはよう」
それに答える社長のあの低い声に、肩をビクリとすくめる。
「どうした、葉月」
目敏く私の様子に気づいた社長が、頭上から覗き込むように声を掛けてきた。
「あの、その……昨日のことでお話が―――」
「―――分かった、部屋に来い」
「はい」
私は掃除の手を止め、社長室に入った。
相変わらず隙の無い身のこなしで椅子に座ると、「で?」と、目で私の言葉を促す。
ごくりと一度唾を呑み込み、私は意を決して話した。
「あの、お忙しいことは十分承知しているのですが、是非、社長のお力を貸して頂きたいと思っています! 自分の力で新製品の売り上げを倍にするとか、失礼な事を言っておきながら、こうして社長に頼るなんて、自分勝手なのも十分承知しています。でも……もし失敗した時に会社や社長に迷惑をかけたくないんです! 私の就職うんぬんじゃなく、本当に新製品をたくさんの人に使ってもらいたいんです! 社長、お願いします! 私に力を貸して頂けないでしょうか!?」
膝におでこがくっつくんじゃないかってくらい、私は社長に向かって頭を下げた。
その状態のまま、社長の返事を待っていると、
「―――お前は会社という組織がどんなものか知っているか?」
「え?」
突然の質問に、私は思わず顔を上げた。
「社長がいて、社員がいて、その全員で会社を動かし、利益を上げる、ですか?」
「まあ、そうだな。では、その組織というのはそれぞれが自分勝手に動いて、どんな仕事をしても回ると思うか?」
「思いません」
「俺が一人で社長の仕事をやっていて、何千人という社員全員に目を配ることが出来ると思うか?」
「いいえ……」
「会社も人間と同じだ。頭があり、手足があり、胴体があり、それらが一つになって初めて機能する。全部がバラバラに動いていては、真っ直ぐ歩くことすら出来ない。俺が頭だとしても、人間の体ほどたくさんのことが出来る訳は無いから、脳内のあらゆる役割を会社のそれぞれの部署の人間に手伝ってもらっている。俺が言いたい事は分かるな?」
そっか、私一人で突っ走った所で、それは皆が行きたい方向と逆に無理やり動こうとしているかもしれないんだ。だから、一人では出来ないけど、会社の皆と一緒に同じ意識を持って動くことで、会社は初めて機能するのね……
「はい」
「だったら黙って俺に着いて来い」
「……はいっ!!」
―――あれ? もしかして社長、最初から私一人に仕事をやらせるんじゃなくて、自分も手伝うつもりだったんじゃないかしら……。
もしそうなら、今まで私が社長に言われてやってきた仕事も、私のため?
ドキっ……
そう考えたら、急に私の胸が苦しくなった。
やばい、私ったら今、社長にときめいてる……?