御影山編
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開発センターに到着すると、入り口から慌てた様子の部長が出て来た。
「葉月君、こっちだ」
私はグロスの研究室奥にある真っ白な部屋に通され、部長に今日集計して来たアンケートを見てもらいながら必死にパソコンのキーボードを叩いていた。
「この業界、情報が漏れると言う事は当たり前だが、今回はかなり慎重にやってきた……それなのにどうして」
独り言のように部長が呟く。
壁に耳有り障子に目有り。一体どこから漏れたかなんて分かりようがないわよ。それより社長、まだ来ないでーーー!!!
「アンケートを見る限り、口紅とグロスの両方をつけるよりグロス一本で落ちにくくて艶が出るものを欲しがっている人が多いようだな」
「そうですね、やっぱり化粧する時間を短縮したいですし、化粧直しも回数が減る方が楽ですから」
「集計は済んだか?」
部長と話していると、突然ドアが開いて社長と川島さんが入って来た。
何とか間に合ったけど、来るのが早いよお〜。
私は半分涙目になりながら、隣りに座った社長にパソコンの画面を向けた。
何か相変わらずいい匂いさせててムカつく……
「なるほど、グロスとはいえ、やはりあまり派手な艶が出るものよりも綺麗に光るような艶がいいみたいだな。まあ、今回の新製品はそれに合わせてあるからもう少し改良を加えるしか無いか。葉月、お前の意見は?」
「えっ、私ですか?」
まさか意見を求められるなんて思ってなかったからびっくりした。でもそうね、意見があるとするなら……
「商品自体に改良を加えるというより、美容部員さんのいないお店でこの新製品を買うお客様の事を考えてはどうかな? と思います」
「どういう事だ?」
「はい、例えば、私なんかはそうなんですけど、美容部員さんがいるようなお店で商品を選ぼうとすると、ちょっと気後れしちゃうんです。欲しいもの以外にもあれこれ勧められて買わされそうっていうか……だから、たまに色に失敗する事があるんですよね。カレンに教えてもらった事や、本で読んだ事をふまえると、自分が気に入った色でも、その人の肌質や肌色なんかで全然変わって来ますし。かと言って試供品が商品の前に出ていてもゆっくり試せなかったり、人の目があったりするので……で、色んな肌色のサンプル写真を乗せて、自分の肌と比較しながらどの色のグロスが合うか、お勧めするような小さな冊子を店頭で無料配布するというのはどうでしょうか?」
「―――なるほど、小さくすれば邪魔にならないし、直接自分の肌色と写真を比較出来るから、一人でも自分に合った色を選べる……」
社長が腕組みをして何かを必死で考えている横で、川島さんは嬉しそうな顔で私に頷いた。