明月院編
***
「水那〜〜〜〜〜!」
帰ろうと廊下を歩いていると、突然カレンが飛んで来た。
「うわっ、びっくりした! ちょっとカレン、苦しいっ」
「あら、ごめん。つい……あ、あんた仕事終わったの?」
「終わったっていうか、なんか明月院さん自分の世界に入っちゃって放置プレイ状態だったから帰ろうとしてたの」
「ふうん。あ! じゃああたしの所に寄って行かない?」
「教育部?」
「うん、そう。せっかくだし、化粧品についてお勉強しなさいよ」
そうか、音楽を作る仕事でも、商品の知識がないとイメージも膨らまないものね。
「うん、是非!」
「よしっ、じゃあ善は急げ! すぐに教育部に行くわよ!」
「はいっ。よろしくお願いしますっ!」
それからカレンは私を引っ張りながら美容部へと連れて行った。中に入ると、書類や化粧品を持って立ち上がった綺麗な女性達に「この子水那。よろしくね〜」と、人の頭をぐいぐい下げて奥の方の席へと移動させた。
本当に痛いってば! 蓮司って呼ぶからねっ!?
「はいはい、膨れっ面しな〜い。ちょっと待っててね」
少し私を待たせた後、カレンは様々な化粧品を持って現れた。
「よいしょっと」
ドカッと化粧品の山を机に下ろす。
「これが過去1年以内に出たうちの商品」
「これ、全部?」
「そー。凄いでしょ? ぜーんぶテーマとか見せ方が違うの。当然売り方だって違う」
「ほへ〜」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「で、今回はグロスを出すわけなんだけど――これが新製品のサンプルね。水那だったらどの色を選ぶ?」
メインのコーラル系の他にもピンク系が2色とやベージュにゴールド、やや青みがかったクリア。また真っ赤なんてのも用意されている。
「うーん……私ならこっちのピンクかなぁ」
「ふふっ。なるほどねー。そっちはブルーベースのピンク。ちょっと付けてみよっか?」
そう言うとカレンはテキパキと手を進め、あっという間に私の唇に色を載せた。
「どお?」
「うーん……」
正直、あんまり似合ってない気がする。なんでだろー、見た感じは凄く可愛いグロスなのにな。