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明月院編

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「最優秀賞は、美星堂のグロスに決定致しました!」

 大きな歓声と拍手とカメラのフラッシュの中、私は思わずその場にしゃがみ込んで膝を抱えてしまった。
 やっと終わった。これで情報を流してしまったという大きなミスを、少しでも挽回出来たかな?

「帰るよ」

 そう言われて私は腕を引っ張られた。
 腕の先には明月院さん。

「あの、でもっ」
「社長はこれから記者会見がある。俺達はもう用済みだ」
「は、い……」

 明月院さんと一緒にホテルを出て街を歩いていると、さっきまでの出来事が全部夢だったんじゃないかって思う。
 ぼんやりと前を歩く明月院さんの後ろ姿を見ていると、胸の奥が痛くなった。
 

 気づけば会社まで戻ってきていて、いつもの音楽制作部のスタジオにいた。
 ピアノに向かい合って座った明月院さんは、チラリと私を見てすぐに目をつぶる。
 ふわりと鍵盤に指を置くと、静かに演奏を始めた。
 ―――すごく、綺麗な曲。この曲は聴いたことがある。クラシックの有名な曲だ。
 静かな曲調からどんどんと盛り上がって、力強さが増して行く。そして最後はまた静かになり、美しい音色は室内に余韻を残して終わった。

 パチパチパチパチ……

 すごく、上手で綺麗だった。
 明月院さんが弾いてくれたから余計にかも知れないけど、すごく、すごく素敵だった。
 自然と拍手をしていた私を、今度はしっかりと見つめて明月院さんが口を開いた。

「もう一度、クラシックの世界に挑戦してみようと思う」
「本当ですか?」
「ああ……あんたに、見届けて欲しい」
「―――私に?」
「あんたのおかげで、なんかもう一度やってみたくなった」

 私、何かしたかな? でも、明月院さんは本当はクラシックがやりたかったんだ。お父様や弟さんとも、きっと一緒に演奏したいはずなんだ。

「採用、決まるといいな」
「あ……はいっ」

 明月院さんにそんな風に言ってもらえるなんて、とっても嬉しい! たくさん失敗して、皆に迷惑かけたしショックを受けたり色々あったけど、私、美成堂で働きたい。
 目の前で再びピアノを弾きはじめた明月院さんの横顔に見蕩れながら、私は今までの出来事を思い返していた。


作品名:明月院編 作家名:有馬音文