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明月院編

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「あの、明月院聖さんですよね?」
「はい」

 声を掛けてきたのは若い女性で、話しを聞いていると昔ピアノのコンクールで何度か明月院さんと一緒になった事がある人らしかった。明月院さんも思い出したらしく、何だか懐かしそうにその女性と会話をしていた。
 あんな表情もするんだな。
 なんて、ちょっと嬉しくなったり。
 しばらく話して女性と別れた明月院さんは、私のところへ戻ってきて歩き出した。

「時間を取らせた。すまない」
「いいえ、お知り合いの方ですか?」
「ああ」

 色々と質問したいけど、コンサート前の弟さんの事もあるし、あまり追求するのは失礼だから何も聞かなかった。―――ていうか、聞けないよね。彼女でもなんでもないんだし。
 そしてそれ以上の会話はなく、明月院さんは車で私の自宅まで送ってくれた。
 別れ際、

「明日の新作発表会、あんたが行くんだろ? 少しは気分転換になればと思ったけど、今日は悪かった。それじゃあ」

 と、言い残して去って行ってしまった。
 もしかしたら明月院さんは、明日私が緊張しないように気を遣ってコンサートに連れて行ってくれたのかな? だとしたらすごく嬉しい……。でも、どうしてお父様のコンサートだったんだろう? 丁度いいタイミングで開催してたから? それとも何か他に意味があるの?
 明日の新作発表会は私の将来を左右する位大事なイベントなのに、それよりも明月院さんの事が気になって仕方なかった。
 


作品名:明月院編 作家名:有馬音文