明月院編
***
会社に戻ると、私は再びピアノの前に座らされていた。
でも今度はちゃんと明月院さんに疑問をぶつけている。
「私は小学生の頃のオルガンくらいしか弾いた事がないんです。なのに、どうしてグロスのイメージを弾いてみなくちゃいけないんですか?」
「―――あんたには、センスを感じた」
「え?」
驚いた。
きっと私の目、今真ん丸だと思う。
「俺は、自分のセンスだけで今まで曲を書いてきた。だから、別の人間の感覚を知りたい」
それが、私。ってこと?
「別に上手に弾けと言っている訳じゃない。何か、漠然とでいいから適当にイメージを弾いてみろと言っている」
「―――適当に?」
そんな事言われても……
「どんなメロディーが流れていたら、CMとしてあのグロスに合うと思う?」
そう尋ねられて、私は考えた。
まだモデルさんとかの写真を見ていないから良く分からないけど、自分だったらどんなCMがあのグロスに合うって思うだろう?
可愛らしくて、それでいて元気がいい感じ――――
ええい、ままよ!!
ポロン……
私は音楽の知識なんて何も無い。何も無いけど、明月院さんが私を必要としてくれている。だったら弾かなきゃ女じゃないわ!!
私が弾いたメロディは、お世辞にも曲と呼べるシロモノじゃなかったけど、隣りで黙って聞いていた明月院さんは私を立たせ、代わりに座ってピアノに指を置いた。
「――――わ……」
そして、私が弾いた適当な音を拾い集めて、すっごく素敵で可愛らしい曲を演奏しはじめた!
すごい! どうして同じピアノなのに、明月院さんが弾くと意志があるみたいに表情豊かになるんだろう!!
弾き終わると、明月院さんは立ち上がって急に私を抱き寄せた。
!?
「助かった―――感謝する」
「えっ? えっ!?」
すぐにその抱擁は解かれたけど、私は驚きでドキドキが止まらなかった。