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明月院編

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 どうしよう……私ったら勢い余って会社を飛び出してきたけど、バッグも何もかも、会社に置きっぱなしだ。これじゃ、会社に戻るしかない。

「でも。明月院さんには会えないよ……」
「水那!」
「?」

 カレンが必死の表情で息を切らせている。

「よかったぁ! 心配したんだからねっ!!」

 そう言ってわたしを抱きしめると、次ぎにコツンと頭を叩かれた。

「カレン、どうして?」
「明月院さんから連絡があったの。水那を泣かせてしまった、って。飛び出して行ったから一緒に探して欲しいって」
「―――明月院さんが?」

 ドキリとした。
 なんて失礼な事を言ってしまったのかしら……

「―――あ、カレンです。水那、見つかりました。―――ええ、すぐに戻ります」

 カレンは明月院さんに連絡をしたらしく、怒った顔で私の腕を掴んだ。

「ほら、帰って謝んなさい! 何があったか知らないけど、ケンカなんてしてたらいい曲出来ないでしょ!」
「でも! 私なんて素人が、勢いだけで選んでいい部署じゃないの! 明月院さんの邪魔ばっかりしてるし、さっきも……グロスのイメージをピアノで弾いてみろなんて言われて……きっと、明月院さんは私の事が邪魔なのよ。早くどっか行って欲しいから、そんな事言うのよ」
「バカ! 確かに明月院さんは人付き合いも悪いし、変わった人だし、冷たい感じだけど、気に入らないからって嫌がらせなんてする人じゃないわ! きっと何か意味があるのよ! ピアノなんてやったこともないあんたに、商品のイメージを音にしてみろだなんて、きっとあんたが何か持ってるって思ったからよ! 卑屈になるのもいい加減にしなさいっ!」
「カレン……」

 こんな風に怒ったカレンを見たのは久しぶりだ。高校生の時、私が親とケンカして家出をしてカレンに泣きついた時も、こうやって真剣に私の事を考えて叱ってくれた。
 そうか、明月院さんには明月院さんの何か考えがあるのかも知れない―――

「葉月」
「明月院さん!」

 カレンが私の背後へ目を向けた。私もゆっくりと振り返る。

「―――明月院さん。ごめんなさい、私……」
「カレンさん、ご迷惑かけました。―――仕事の途中だ、会社に戻るぞ」

 明月院さんはカレンに頭を下げると、私の腕を取って歩き出した。
 ちらりとカレンを振り返ると、嬉しそうに手を振っている。
 ありがとう、カレン。私、ちゃんと明月院さんと向き合うよ。

作品名:明月院編 作家名:有馬音文