明月院編
どれくらいピアノを弾いていたか、私は我に返って腕時計を見た。
「やだっ! もうこんな時間っ!?」
慌ててブースを出ると、なんと明月院さんが部屋の端のソファーに腰掛けていた。
ひっ!? いつの間に帰ってたの!? どどどどうしよう! 怒られる! 絶対怒られる!!
「すみません、勝手にピアノを弾いたりしてっ、もうしませんからっ、だから、その……」
ぐっと目をつぶり、怒られるのを覚悟で謝罪すると、
「別にいい」
あれ? 怒って……ない?
すうっと立ち上がった明月院さんは私の顔をじっと見つめた。
―――うっ、間近で見るとますます美形……じゃなくって、恥ずかしいんですけどっ!
「あんた、ピアノ習ってたの?」
「えっ? いえ、小学校の時に音楽の授業でリコーダー吹いてたくらいです……」
「ふうん。明日ここじゃなくて別のスタジオで会社と関係無い曲のレコーディングするから着いて来て」
「はあ……えっ? 私がですか?」
「うるさい、そう言ってるだろ? 家まで迎えに行く」
それだけ言い残すと、明月院さんはブースに入ってしまった。
会社と関係無い曲のレコーディングって……一体なんだろう? ていうか、私なんかが着いて行ってもいいの!?
不安に襲われていると、ふいに携帯がメールの着信を知らせた。
「誰だろ」
カレンかな、なんて思いながら携帯を操作すると、メールの送信者は白波瀬さんだった。
本当にメールしてきてくれたんだ! なんてちょっと頬が緩んでしまう。だってあんな出会い方なんだもの。なんだかんだ言ってもその場限りかな〜なんて、ちょっと思ってたりもした。
『お疲れ様です。先日はどうも有難うございました。今晩のご予定は何かありますか? 良かったら一緒に食事に行きませんか?』
先ほどまでの不安はどこへやら、現金なもので今は嬉しさがこみ上げている!
胸の高鳴りを覚えながらメールを開くと、そこにはこんな文面が躍っていて、鼓動は今度こそ完璧に早くなった。
「ど、どうしよう」
行きたい気持ちは山々! でも今日の私のコンディションは最悪――ってこんな時こそカレンよ! って私は仕事中に何を考えてるのよ〜! ……でも白波瀬さんは私と同じく化粧品メーカーで奮闘していて、しかもうちの会社の人達みたいに完璧な出来る人間! っていう感じでもないのよね……。我ながら失礼な評価だとは思うけど、あの少し気弱そうな柔らかい雰囲気がなんともいえなく安心させてくれるっていうか……。会社は違うけど、一緒に頑張れたらいいな! ってそんな風に思える相手なんだもん。
嬉しい旨を伝えるメールを打つと、ちょうど終業時刻になった。鞄をひっつかんでカレンの元へと急ぐ。