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市来編

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「葉月さん、すみませんね。悪気はなかったんですよ」
「で、でも……」
「いや本当に感謝しているんです。あなたのおかげでとても良い商品が完成しました。美成堂を出しぬけるような、ね」

 視界がぐらぐらと揺れる。どうしよう、涙が溢れそうだ。こんな、こんな事って。私が美成堂の皆の努力を踏みつぶしていたの? 私が、私が……

「泣くな、葉月。化粧が崩れる」

 滲む世界で言葉を失っていると、頭上から市来さんの落ち着いた声が聞こえた。そうだ、泣くわけにはいかない。私はまだステージに立たなくちゃいけないんだから。

「大丈夫ですか、葉月さん。そんな状態で舞台に立てますか?」

 白波瀬さんは相変わらずの温和な態度でそう言うと、にっこりと微笑んだ。そうか、このタイミングで現れたのも全部、全部計算なんだ。
 私ってなんてバカなんだろう。とことん自分が情けなくて、悔しくて――――。

「白波瀬社長、俺のモデルにこれ以上ちょっかい出さないで貰えます?」

 悔しくて握った拳が震える私の肩を、市来さんがそっと抱き寄せた。

「君のモデル? 美成堂のモデルでしょう?」
「いえ俺の専属なんですよ、こいつ」
「へぇ、市来君が素人を専属にねぇ。これは面白い物が見れたな」
「ステージではもっと面白い物をご覧に入れますよ。契約違反なんて事を平気でするようなモデルより、素人のこいつがずっと上のパフォーマンスを見せる所をね」
「それは楽しみだ」

 そう言うと白波瀬さんは私達の前から去って行った。
 って、って、ってゆうか!

作品名:市来編 作家名:有馬音文