市来編
「いえ、邪魔をするつもりはなかったんですよ」
「そういう事を言っているんじゃない」
おどけた雰囲気の白波瀬さんに対し、市来さんは普段の彼からは想像も出来ないほどに重苦しい空気をまとっている。
「じゃあ、どういう事を言っているんでしょう?」
「……葉月、お前白波瀬社長とどこで出会った」
「え?」
「いいから答えろ」
静かだけれど内に秘めた怒りみたいな物が滲み出ている市来さんの声音に、思わず肩が震えそうになる。それでも聞かれた事に対して、ぽつりぽつりと答えていく。本屋さんで出会った事、一緒に仕事の話をした事、色んな相談に乗ってもらっていたこと……。
「なるほどな」
全てを聞き終わると市来さんは苦虫を噛み潰したような、忌々しそうな表情で白波瀬さんを睨みつけた。
「あんたと御影山社長の因縁なんてものは知らないし、興味もない。秀麗の仕事を受けてきた過去もある。俺はどちらかの肩を一方的に持とうなんてそんな気は無い」
「それは光栄ですね」
市来さんの剣幕にも白波瀬さんはうろたえない。
「だが――だがこれはあんまりじゃないのか。素人のまだ学生の女に甘い顔して近付いて、そこから情報を盗むなんて言うのは」
「盗む? 心外だな。別に僕は何もしていないですよ。可愛らしいお嬢さんと一緒に食事をしただけ。そしたら彼女は勝手にペラペラとしゃべってくれた。ただの幸運、偶然ですよ。そして偶然にも得られた価値ある情報を利用しない手はないだろう?」
「え? どういう、こと……ですか……?」
相変わらず笑みを崩さない白波瀬さん。だけどその顔はどこかそら恐ろしく見える。一体なんの事? 私がしゃべった?
「葉月、この男は秀麗の社長――白波瀬 陽だ」
混乱する私に言い聞かせるかのように、ゆっくりと市来さんがそう告げた。
「う、そ……だ、だって」
白波瀬さんは美成堂より弱小の会社だって……。全部嘘? 私から情報を引き出す為の? 優しくしてくれたり励ましてくれたりしたのも、全部嘘だったの?
どうしよう。もう、全然頭が追いつかないよ―――。