市来編
7
とうとうこの日がやって来た。
新作発表会。
大きなホテルの会場は人がいっぱいで、会場前方に作られたステージもミラーボールが回る室内も、どれもが今まで見た事もない世界で驚きっぱなしだ。
市来さんに選んでもらったオレンジ色のミニドレスを着て、会場の廊下でおろおろとしていると、聞きなれた声が私の背中にかかった。
「こんなトコにいたのか。お前はステージに上がるんだから、早く控室に行け」
声の主は市来さん。光沢のある濃紺のスーツが凄く良く似合っていて、いつもよりもさらにカッコ良く映る――ってそんな事思ってる場合じゃない!
「で、でも控室には各社のモデルさんがいて……」
「当たり前だろ。お前だってモデルだろうが」
「いや、でも……」
すっごい美人さんばっかなんですよーーーーー!! 当然の事だけど、予想してた事だけど、それでも私は浮きすぎて、とても居たたまれない。メイクもしたし、ドレスも着た。ステージにはいつでも立てる。……いや、立てるなんて偉そうには言えないけど、準備は整ってはいる。ただあの控室で待つのは、緊張と劣等感でどうにも心臓に悪かった。
「はー……。お前は本当に世話が焼けるな」
市来さんはそう言うと、ふいに私の肩に手を回した。
「お前は大丈夫だ。俺が選んだ完璧なモデルなんだからな」
息が吹きかかるような至近距離でそんな事を言われたものだから、私の心臓はいよいよ口から飛び出しそうになった。頬が凄い勢いで赤くなっていくのが自分でも分かる。なんなのよ、これー! 余計に緊張しちゃうじゃない! そんな事を思っていた時だった。ふいに背後に気配を感じたのは。
「葉月さんじゃないですか」
次いで耳に届いた聞き覚えのある優しい声。この声は……。
「白波瀬さん!」
振り向くとそこにはいつも通りの優しい笑みを浮かべた白波瀬さんが立っていた。思わず嬉しそうに声を上げた私の肩から、市来さんがそっと手を離す。
「やっぱり僕が見つけちゃいましたね」
なんて言われて今の市来さんとの急接近シーンを見られていたかと思うと、途端にまた恥ずかしさが込み上げてきた。どうしよう、なんて両頬を手で覆いそうになったその時―――
「どういうつもりですか? 白波瀬社長」
いつになく不機嫌そうな市来さんの声が廊下に響いた。ていうか、え? 社長? 白波瀬さんって社長さんだったの?