市来編
「最近なんかいい事あったか?」
カメラを構えたまま市来さんが急にそんな事を言うので、思わず「えっ?」と聞き返してしまった。
「なんだ、何もないのか?」
「ありますよっ! 私にだっていい事くらい!」
「お、じゃあ聞かせてもらおうか」
市来さんは会話をしながらも撮り続けている。けど、えっと……気にせずお話してればいい、んだよね、多分。
「つい2日前だって良い事ありました! 市来さんとお買い物に行って……」
「あれが良い事か?」
「良い事ですよ! ドレス、買って貰えたし」
「ゲンキンなやつだなぁ」
「ふふっ、それだけじゃないですけどね」
思わず私が笑った瞬間、物凄い勢いでシャッター音が鳴り響く。
「いいね、今の顔」
「そんな風に言わると、照れるんですが……」
どうしていいものか戸惑って、はにかむ私にまたもフラッシュの嵐。私には演技なんて出来ない。姿勢とかポーズとか色々勉強はしたけど、顔の表情を作るのは無理。でもこうして話していると、自然に笑ったり照れたり怒ったり出来る。市来さんはそんな事まで計算済みなんだろうな。
改めて市来凱というカメラマンの柔軟性と対応力に、心底感心してしまう。
「他は? なんか好きな男と〜、みたいな事はないのか?」
「す、好きな人なんて……」
「いないのか? 寂しい奴だな」
「ほっといて下さい!」
好きな人と言われて、一瞬白波瀬さんが浮かんだけど、白波瀬さんに対する気持ちは好きとかとは違う気がする。
同じような仕事をしていて、色んな事が相談できて、優しい――そう頼れる先輩とかお兄さんって感じかも。
私が好きな人は、もっと男っぽくて、ぐいぐい引っ張っていくけど、でもちゃんと気遣ってくれて、それで――――
そこまで考えると、私は市来さんを見つめた。
途端、何が起きているのか、分らないほどの光の洪水。
「最高だ」
市来さんが呟く。
カメラを構えるその姿は、凄く凛々しくて頼もしい。思えば私が美成堂に入ってからというもの、いつだって私の前を歩いていてくれた。
市来 凱、類まれな才能を持つカメラマン。そんな彼の実態はちょっぴりオレ様だけど、とっても優しい――――そう、私の大好きな人。