市来編
「ナチュラル志向のリップグロス。それが新製品だ。イメージモデルとして誰が起用されるかは分からんが、ま、清純な感じの子だろうな。男なんてものは大概がナチュラルメイクが好きだからな」
「市来さんもそうなんですか?」
「あ? 俺か? 俺は60年代の女優みたいなの睫毛バッサバサのメイクも好きだぜ? ただまぁ、ああいうのは人を選ぶからな。大衆向けじゃない。葉月がやっても似合わんだろ?」
「そ、そうですね」
愛想笑いを返したが、最後の一言はどう考えてもいらないでしょう! 私だって女優メイクに憧れる気持ちはあるんだからね! ……そりゃ、まぁ、似合わないからしないけどっ。言われたままな事実が悔しいっ。
「そう言えば、お前はいつまで俺の元に付く事になってるんだ?」
ふと思い出したように顔をあげ、そう尋ねてきた市来さんに私も記憶の中から社長の言葉を探り出す。
「社長はこの新製品がヒットするまで……と」
「ようするに発売して成果が見えるまでって事か」
「多分……」
そしてもしこの商品がコケたら、そのまま私もお掃除のお仕事――いや、そりゃお掃除のお仕事だって立派なお仕事。それは分かってる。でもあの社長のあの高圧的な態度から出た「掃除」という仕事は、多分、普通のそれとは少し違って……本気でシンデレラみたいに働かされるのだろうという事は想像に難くない。
「お、そろそろいい時間だな。出るぞ」
そんな私の心中どころか、私自身にもさほど興味もない様子で、市来さんは椅子から立ち上がるとサッサと廊下へと出て行く。急ぎ足で私もその後に続いた。
こんな風に早足で足の長い市来さんの歩幅に合わせて廊下を歩くだけで、軽く息が上がってしまう。
―――体力もしっかりつけなくっちゃ!