市来編
****
会社に着いた私は社長とロビーで別れると、単身写真部へと乗り込んだ。
緊張しながらも扉をノックすると「今開けますよ〜っと」という気だるげな市来さんの声が返ってきた。
ガチャリ、と扉が開くと相変わらず眠そうな目をした市来さんが現れた。
「うちを選んだのか」
私を視界に留めるなり開口一番、露骨に面倒くさそうな声で市来さんが言葉を吐く。
市来さんの心情も分からなくもない。ド素人の私がいたって足手まといになるだけかもしれない。でもあの美成堂ファンデーションのポスターは、友達の間でも話題にのぼるほど綺麗だし、そんな仕事に少しでも関わる事が出来たら――そんな風に思うと、選ばずにはいられなかったのだ。
そんな風に心の内でもう一度決心をすると、私は市来さんを正面から見上げた。
「はいっ、一生懸命頑張ります!」
「……ま、仕事だから。自分のベストを尽くすのは当然ってトコだな」
そう言うとくるりと背を向けて室内へと入って行った市来さんの後を、私も慌てて追いかける。
「開発部の会議に市来さんと共に参加しろ、と社長から言われたんですが」
その背中にそう声をかけると、市来さんはひらひらと手を振ってみせる。了解――という意味なのだろう。
何をしているのかとそっと覗きこむと、何やらカメラの手入れをしているようだった。
う、具体的に何をしているのかがサッパリ分からないっ。自分の素人っぷりに改めて気付かされて、思わずへこみそうになる。
「何してるんだか分んない〜とか思ってるんじゃねぇの?」
そんな私の心情を見透かしたかのような市来さんの言葉に、思わずギクリと身を縮めた。
「ま、カメラの事なんかはおいおい覚えてけばいいさ。ただ俺は一応外部の人間でもあるからな。いつも――えーっと、葉月だっけ? 葉月の事を気にしてばっかりもいられない。そこの所はよく覚えとけよ」
「はい」
「あとは、それ」
そう言って市来さんが顎だけで指示した方には、何やらパンフレットのようなものが置いてあった。
「今日の会議の資料。一応、目だけでも通しておけ」
「一応……ですか?」
「俺の仕事はいかに綺麗に取れるか、だからな。大体のコンセプトさえ分かっておけばいいのさ。成分だなんだってのは関係ない」
「なるほど」
そんな会話をしながらパンフレットを手に取る。どうやら新製品はリップグロスのようだ。