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市来編

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***


 そんなこんなで市来さんの作業も終わり、二人で連れ立ってデパートへとやって来た。
 市来さんとこんな風に一緒に社外を歩くなんて変な感じ。私がもっとしっかりしてれば、市来さんの外の仕事にも助手として連れて行って貰えたのかな――なんてちょっぴり感傷に浸っている間も、市来さんはどんどん先へ先へと歩いて行って、あっという間にレディスファッションのフロアに到着した。ざざっとフロア全体を見回した後、市来さんは一つのお店に目を付けた。
 普段私が読む雑誌よりもハイクラスな雑誌によく載っている有名ブランド。プライベートだったら恐れ多くて入ることなんてとても無理。

 市来さんは躊躇う事なくドレスを物色。店員さんと和やかに会話までしてる。さすが女の人との関わりが多い仕事だけあって、扱いが慣れてるなぁ……。

「これ、試着出来る?」
「はい、どうぞ」

 私の意思とか意見なんてものはそこには全くない。店員さんに促されるまま試着室へと入る。
 手渡されたドレスはベージュ色のヌーディーな印象を与えるロングドレス。かなり体のラインにフィットしてきて、自分では絶対に選ばないデザイン。なんだか気恥かしさを感じながらも試着室から出ると、市来さんは「ほーう」と意味ありげに一度唸ったあと、別のドレスを手渡してきた。次はこれを着ろってことね……。
 2着目は明るいオレンジ色のミニドレス。パニエも一緒に付いていて、ドレスのすそがふわりと広がっている。こっちも着てみると、さっきのドレスとはまた全く違った印象だ。
 緊張しながら試着室を出ると、市来さんは顎に手をやりながら頷いた。

「俺の好みとしては最初の方なんだが、今回のイメージはあくまで自然体だからな。それ位のドレスの方がイメージ的には合うだろうな。うん、いいんじゃないか。じゃあこれ包んでもらえる?」
「畏まりました」

 私の感想なんて聞きもしないで、市来さんは店員さんに向って購入の意思表示を済ませた。
 元の服に着替えてドレスを店員さんに手渡しながら(支払いは何回払いにしよう……)なんて戦々恐々としていると、市来さんがすっと財布を取り出した。

「あ、あのあのっ! 私、ちゃんと支払いますからっ!」

 市来さんの動きで察した私がそう声を出すと、市来さんは眠そうな顔で私を見つめ返した。

「いや、ちゃんと社長に請求するから。あ、領収書お願いします」
「はぁ、そ、そうです、か……」

 あの社長に請求されるなら、まぁいっか――なんて思ってしまったダメな私。だけどまぁ、私だってすっごい緊張したり委縮したりしてるんだし、会社の為の物でもあるんだし――なんて自分に言い訳をしつつ、私だったら3回払いでもきかない金額のドレスを買わなくて済んだことに内心ほっとしていた。

「じゃ、次は靴だな。行くぞ」
「はいっ!」

 こうして私と市来さんは一通りの物を買っていったのだった。

作品名:市来編 作家名:有馬音文