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市来編

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***


 家に帰るとくたくたで思わずベッドに倒れこんだ。
 結局あの後デパートの閉館時間まで色々見て回った。市来さんがタクシーチケットをくれて、それに乗り込んで帰ってきたら午後九時過ぎ。こんな事社会人なら当たり前の事なんだろうけど、あまりにも緊張が続く場面が多すぎて、精神的な疲労がピークって感じ。

 ふと、白波瀬さんの顔が浮かんだ。整った顔立ちに優しい雰囲気と穏やかな声――ちょっと電話かけてみようかな、迷惑かな……。なんて思っているとタイミングよく携帯が鳴った。表示を見るとそこにあった名前は何と白波瀬さん! 運命的なものすら感じて、私は意気揚々と電話に出た。

「もしもし」
『こんばんは、白波瀬ですけど今いいですか?』
「はい、私も今ちょうど電話したいなって思っていたところだったんです」
『僕に? 嬉しいな』

 電話越しの白波瀬さんの声は落ち着いていて耳に心地が良い。緊張していた心がふっとほぐれていく気がする。

『何かいい事でもありました?』
「え?」
『なんとなく、声が弾んでいる気がしたから』

 白波瀬さんと話しているのが嬉しいんです――なんて恥ずかしくてとても言えない。だから今日の話をする事に内心でそっと決める。

「今日会社の人とデパートに行ったんです。それで来週の新作発表会のドレスとか色々見立てて貰いました」
『そうなんですね。来週の発表会は僕も参加します。ドレス姿の葉月さんにお会いするの楽しみにしてます』
「白波瀬さんもいらっしゃるんですね! うわぁ、私もすっごく楽しみです」
『ふふっ、僕もおめかししていきますから』

 おめかし、という言葉が可愛くて自然に笑顔が零れてしまう。

「そういえば結局白波瀬さんの会社を知らないままなんですけど」
『当日になれば分かりますよ。大丈夫、美成堂さんならすぐに見つかられますから。葉月さんが僕を見つけられなかったとしても、僕の方から伺いますよ』
「ふふっ、はい! 楽しみにしてますね」
『これからは当日まで僕も忙しいので、中々会えないと思いますが――お互い頑張りましょう!』
「はいっ!」

 互いを励ましあい、来週の新作発表会での再会を約束すると私達は電話を切った。
 
 新作発表会、楽しみだな。
 緊張もすごくするだろうし、それまでにまだまだ追い込みもかけなくちゃだけど……。
 ポスターは本撮用には別に撮って、とりあえずマスコミ用のものを新作発表会までに撮影するって言ってた。確か撮影は2日後――それまで自分のできる事を精一杯頑張るぞ!

 気持ちも新たに私はそっと眠りについた。


作品名:市来編 作家名:有馬音文