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市来編

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***


 新製品の情報が漏れているという衝撃の事実を聞いてから一週間後、私はレッスンを重ね少しずつポーズも自分でも取れるようになってきた。背筋を常に意識してぐっと伸ばしているので、鏡に映る自分もいつもより張りがあるというか、堂々として見える。
 他社との合同の新作発表会はどんどん近付いてきている。何とか形にしなくちゃ。ううん、何とか形になっている以上の存在にならなくちゃ!
 そう意気込みながら今日もレッスンを重ねた。ああもう、小さい頃にバレエでも習ってれば良かったな――なんて今さら後悔しても遅いけど……。

 なんて事を考えている内に本日のレッスンは終了。
 写真部に戻ると市来さんも外から丁度戻ってきた所だった。

「お疲れ様です!」
「おう、そっちもお疲れ」

 市来さんは労いの言葉をかけると、私の方へと向き直る。

「来週の新作発表会だけどな、お前と俺で参加することになってるからな」
「私が、ですか?」
「まぁな、メインモデルなんだし当然だろ? 他の部からも何人か行くが、お前は俺と組めって社長命令だ。勉強にもなるし社長なりに考えてくれたんだろう」
「なるほど……」
「それとドレスコードがあるから、格好には気をつけろよ」
「え? ド、ドレスですか?」
「おう、なんかあるだろ?」

 どうやったら一般庶民の女の子が22年の人生でドレスを着ることがあるのよ! ピアノの発表会くらいしか思いつかないわ!
 なんて思っていたのが顔に出たのか、市来さんはやれやれといった表情で肩をすくめた。

「なにもゴージャスなドレスを着ろって言ってる訳じゃい、小綺麗な格好してれば十分だ」
「その小綺麗な服を持ってないんですけど」
「……そうか」

 なんだろう、市来さんが絶句した気がする。
 そりゃ市来さんが普段触れあう様な本物のモデルさん達なら当たり前のように何着も――そりゃもう有り余るほど持っているのかもしれないけど、私はただの女子大生なんだから、しょーがないじゃない!

「この後何か予定はあるか?」
「え? ありませんけど……」

 ある訳がない。最近は帰ってからもレッスンの復習に勤しんでるだけだもの。

「もう少しで俺の方の仕事が終わるから、それまで待ってろ。終わったら一緒に服見に行くぞ」

 ん?
 え?
 何?

 一瞬市来さんの言っている言葉が理解出来なかった。
 一緒に服を見てくれるの? どうして? 服くらい自分でも買いに行けるんですけど……。
 なんていう考えがまた表情に出てたらしい。市来さんはやや呆れ気味に口を開く。

「ドレスコードがどの程度のもんか分かってない人間に服なんか選ばせられないだろう? 新作発表会に美成堂の人間として行くって事は会社の代表でもあるんだぞ? 会社に恥かかせてどうする」

 なるほど……。私が勝手に選ぶような服じゃ恥ですか……。そうですか、そうですよね……。ううっ、反論は出来ない。

「とにかくもうちょっと待ってろ」
「はい」

 それ以上返す言葉もない私は、黙って市来さんの作業が終わるのを待っていた。


作品名:市来編 作家名:有馬音文