市来編
5
モデルとして起用されてしまってから、さらに数日が経過したある日、社長からの緊急召集で私たちは再び会議室に集合していた。
前回と同じような顔ぶれで開かれた会議だけど、今回は何故だか空気がとても重たい……。
「今日は、社長から大事なお話しがあります」
司会役の男性社員の額には、あきらかに冷や汗と分かる汗。それをしきりに拭う動作に、私は背中に力が入った。
大事なお話って、何だろう?
「皆、心して聞いてくれ。―――我が社が心血を注いで作り上げて来た今回の新作グロスだが、どうやら情報が秀麗にもれているらしい」
「ええっ!?」
驚いたのはその場にいた全員。あっという間に動揺が部屋中に広がる。
私はびっくりしすぎて一瞬息が止まったほどだ。慌てて隣の市来さんを見る。
さすがの市来さんも驚いているらしく、いつも眠たそうな目が少しだけ大きく見開かれている。だけど私の視線に気づくと、黙って小さく頷いてくれた。その姿に少しだけ安心感を得て、動揺を何とか抑え込む。
「どこから情報が漏れたかは調査中だが、これでまた新製品の質をさらに高める必要が生じた。今よりも商品の値段を上げるわけにはいかないし、別の商品を作る時間もない。開発部にはもっと厳しい仕事をしてもらわなくてはいけないが、各部署で出来る限りのコスト削減を徹底して欲しい。お客のニーズに答えてこその美成堂だ。新作発表会には各化粧品会社が雁首揃えて出席する、その中で美成堂の商品が一番だと言わせる商品作りをしろ。あまり時間がない事を肝に銘じ、すぐに仕事に取りかかってくれ。以上だ」
社長の声はいつにも増して厳しかった。全員が一斉に立ち上がり、小走りに会議室を出て行く人、数人で集まって早口で話し始める人、様々だ。
大変な事が起こってしまった。ライバルには情報が漏れていて、しかも美成堂のモデルは素人の私なのだ。
「あのっ、やっぱり……モデルは私じゃない方が……」
思い切って市来さんにそう言ってみる。今からならまだモデルさん探しも間に合うだろうし、それに――。
「社長の話、聞いて無かったのか? コスト削減。どこにお前より安いモデルがいるんだ?」
「でででででも!」
「それにお前を起用したのは秀麗にもう二度と出し抜かれない為でもあるんだ。この調子じゃ秀麗はお前がモデルっていう事も知ってるだろう。きっと素人を起用した美成堂を笑っているだろうな」
「う……」
思わず顔が引きつる。だったら尚更……!
「だが撮るのは俺だ。安心しろ、お前を撮るのは市来凱だぞ? 俺がどんなモデルよりお前を魅力的にしてやる」
「えっ……」
「あくまで写真の中だけだがな、実物は無理だぞ。誤魔化しようがない」
「わ、分かってますよ!」
俯きかけた顔をあげて抗議をすると、市来さんは豪快に笑った。
「ははは! 元気が出てきたみたいだな。悩んだってどうにもならんのなら、笑ってた方がマシだろ?」
「う……はい」
いつものように飄々とした様子で扉へと向かう市来さんの背中を追いかける形で、私も会議室を後にした。