市来編
***
「うむ……」
撮影したばかりの写真を見て社長は考え込むかのような表情をしながら、顎に手を当てていた。
「市来、どう思う?」
「問題ないかと。いや、むしろ……」
「ああ、俺もいいんじゃないかと思ってな」
社長と市来さんはかれこれもう十数分ほど何やら話し合いをしている。私はというと少し離れた場所に置かれた椅子にちょこんと座って待機中。一体何を言われる事やら……。
「よし、おい葉月」
「はい!」
お呼びが掛かり慌てて社長の元へと駆けていく。
「なんでしょうか?」
「今度の新製品のモデル、正式にお前を使う」
「えぇ!? え? え?」
ななな、何を言ってるの!? 冗談? そうよ、冗談だよね? さっきの市来さんみたいな冗談なんだよね!?
「これは正式な通達であり、依頼だ」
「えええええええ!?!? ほ、本気ですかっ!?」
「何度も同じ事を言わせるな、鬱陶しい」
社長はそう言って眉間に皺を寄せる。いやいやいや……!
「社長、俺から説明しときます」
「そうか、じゃあ市来あとは頼んだ。俺は次があるからな、川島行くぞ」
市来さんの肩に手を置くと、社長は川島さんを連れてスタジオを出ていった。後に残された私は開いた口がふさがらない。だってだって……。
「これ、見てみろ」
ぽかぁんとしたままの私に市来さんが一枚の写真を差し出した。そこに映っているのは紛れもなく私。でもその表情は自然に微笑んでいて、なんだか幸せを感じるようなそんな一枚だった。
「今度のグロスのテーマは自然との調和、そしてキャッチコピーは‘誰でもお姫様〜幸せはあなたの傍に〜’だったよな。鏡を見る度に自然と幸せになれるグロス、そんな商品だ。葉月は素人だ。誰もお前の事を知らない。しかしその知らない人間がポスターになり、こんな表情を振りまけたらどうだ? 客は『私も可愛くなれるかも!』って思うんじゃないか? 断然プロのモデルより親しみが湧くだろ?」
「で、でも! 美成堂の新製品なんですよ!?」
「だからこそ、だ。美成堂なら夢を叶えてくれると、そう思わせられる事が大切なんだ。安心しろ、お前は可愛い。勿論モデルみたいにという意味じゃない。あくまで一般人として、だ」
分かってます、じゅーーーっぶんに分かってます!
「だがそのどこにでもいそうな女の子っていうのは、結構クセもんでな、案外ヒットしたりするんだよ。昔からな」
「は、はぁ……」
「それともう一つ。秀麗が今回のような嫌がらせを今後もしないとは限らない。今回は仮撮の段階だったから、今からでもモデルを探そうと思えば出来る。だが本番にまたぶつけてきたらどうする? その可能性がないわけじゃない。その点お前なら安心だ。まさかお前が秀麗に行く事はないだろ?」
「当たり前です!」
「秀麗もお前を大金使ってまで引っ張る事はしないだろうしな」
「あ、当り前です……」
何だか話が大きくなってきてしまった。って私が!? もうもうもう! 全然気持ちの整理がつかないよーーー!!
「とにかくそう言う事だ。じゃ、写真部に戻るぞ」
「は、はいっ……」
なんだかもう全然納得は出来てないし、混乱してるけど……、でもっ! そうだよね、私なら秀麗にモデルさんを取られる事はないもんね。ああ、でもでもどうしよう! 今から超緊張してるんですけどーーーーっ!!