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市来編

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***


「ほう……」

 スタジオに戻ると社長が私を見て目を細めた。う、また何か言われるのかな……。

「よし、市来。頼む」
「分かりました。じゃ、葉月。あそこに立って」
「あ、はい!」

 社長に何か言われると身を固くしていたけど、予想に反して何も言われる事はなく、そのまま私は白いバックスクリーンの前へと立つ。

「じゃよろしく」
「はいっ!」

 市来さんが私に向けてカメラを向ける。けど、モデルなんてした事無いし、どうしたらいいのか。

「ちょっと片手上げてみて、こう」

 市来さんに言われるがままポーズを撮っていく。社長の方をちらりと見ると、にこりともせずにこっちを凝視。うぅ……、緊張する。

「そう言えばお前って、もしここで就職決まらなかったらどうするんだ?」

 市来さんがそんな事を突然聞いてくる。

「どうって……」

 お掃除する人になるんですっ! って言おうとして若干悲しくなってきた。

「決まらなかったら俺と結婚でもするか?」
「えぇ!?」

 ななななな、いきなりこの人はなにををををををを!?

「……冗談だ」
「あっ、当り前です!」
「お、怒った顔。なかなか新鮮だなー」
「からかってるんですか!」

 私が抗議を続ける間もフラッシュが止む事はない。

「いや、からかってない。本気だ」
「え?」

 そう言う市来さんの声はいつもよりさらに低くて、囁くような大きさだったから、思わず聞き返してしまう。うそ、うそ、だって……。何だか急に恥ずかしくなってきた。いや、でも、だって。

「お、いいね! その表情!」

 パシャパシャパシャ! と連続でシャッターが切られる。

「嘘ばっかり言わないでください! もうっ!」
「ははは、嘘と分かる嘘なんざ罪にならねぇだろ?」
「そう言う問題じゃりありません!」

 そんな会話をしている間も、市来さんはシャッターを切り続けている。私の動きに合わせるかのように、自分がポジションを変えて色々撮ってくれている。さっきまで緊張で固まっていた私も、いつの間にか自然に笑えるようになっていた。
 

作品名:市来編 作家名:有馬音文