市来編
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「ほう……」
スタジオに戻ると社長が私を見て目を細めた。う、また何か言われるのかな……。
「よし、市来。頼む」
「分かりました。じゃ、葉月。あそこに立って」
「あ、はい!」
社長に何か言われると身を固くしていたけど、予想に反して何も言われる事はなく、そのまま私は白いバックスクリーンの前へと立つ。
「じゃよろしく」
「はいっ!」
市来さんが私に向けてカメラを向ける。けど、モデルなんてした事無いし、どうしたらいいのか。
「ちょっと片手上げてみて、こう」
市来さんに言われるがままポーズを撮っていく。社長の方をちらりと見ると、にこりともせずにこっちを凝視。うぅ……、緊張する。
「そう言えばお前って、もしここで就職決まらなかったらどうするんだ?」
市来さんがそんな事を突然聞いてくる。
「どうって……」
お掃除する人になるんですっ! って言おうとして若干悲しくなってきた。
「決まらなかったら俺と結婚でもするか?」
「えぇ!?」
ななななな、いきなりこの人はなにををををををを!?
「……冗談だ」
「あっ、当り前です!」
「お、怒った顔。なかなか新鮮だなー」
「からかってるんですか!」
私が抗議を続ける間もフラッシュが止む事はない。
「いや、からかってない。本気だ」
「え?」
そう言う市来さんの声はいつもよりさらに低くて、囁くような大きさだったから、思わず聞き返してしまう。うそ、うそ、だって……。何だか急に恥ずかしくなってきた。いや、でも、だって。
「お、いいね! その表情!」
パシャパシャパシャ! と連続でシャッターが切られる。
「嘘ばっかり言わないでください! もうっ!」
「ははは、嘘と分かる嘘なんざ罪にならねぇだろ?」
「そう言う問題じゃりありません!」
そんな会話をしている間も、市来さんはシャッターを切り続けている。私の動きに合わせるかのように、自分がポジションを変えて色々撮ってくれている。さっきまで緊張で固まっていた私も、いつの間にか自然に笑えるようになっていた。