市来編
***
「カレン!」
メイク室に飛び込むと、カレンは既に万全の態勢で待っていてくれた。
「話は聞いてるわ。そこ、座って」
「分かった」
私が座ると、カレンはテキパキと私のメイクを落としていく。
「メイク、初めから作り直してくから」
「うん」
「もうちょっとしたらスタイリストの子が衣装持ってくるから。さすがにモデルの子と同じってわけにはいかないしね。いくら仮撮っていっても、どうせなら一番水那に合う、水那が可愛く見えるコーデにしてもらいたいし。勿論テーマから外れないのは前提だけど」
私の特徴を伝えて、カレンが衣装の手配も済ませてくれたみたい。頼もしくって、本当に有難い。
「しっかし秀麗もやってくれるわよねぇ」
ベースメイクを作りながらカレンが忌々しげに吐き捨てた。
「ま、社長とは因縁の仲っていうし、この辺で一気に優劣決めたかったのかしら」
「因縁?」
「あ、そっか。水那は知らないんだよね。うちの社長と秀麗の社長は同じ年で、小学校から大学までずっと同じ学校。ご両親の資産レベルも同じ位で、いくつもの会社を経営されているんだけど、二人ともご自分で選んだのは化粧品会社社長の椅子。小さい頃からずっとライバルらしいわよ」
「そ、そうなんだ」
「だから今回の事は社長からしたら許せないなんて物じゃないわね。今までは割とね、正々堂々とお互い競い合ってたみたいなんだけど」
さすが社長、話のスケールが大きすぎる。
「でもこんな汚い手まで使ってきた秀麗になんか、絶対に負けたくないわ」
「うん、私もそれは同じ気持ち……」
私が美成堂に来てから早や一週間。ここで過ごして、色んな事を見たり聞いたり体験したりした。全ての人が全力で新製品に取り組んでいるのを、目の当たりにした私はすっかり美成堂に心を奪われてしまったのだ。
私の就職の為だけじゃない、美成堂の新製品が何としてもヒットしてほしい! 心からそう思う。
「はい、メイク完成! まだそのままよ、次は髪整えるから」
私が決意をあらたにしている間も、カレンの手は休まる事無く動き続けている。鏡を見ると、さっきまでの私よりずっと爽やかで、少しだけ大人びた顔が映っていた。
「すごい……。やっぱカレンのメイクって凄い!」
「まだまだ仕上げはこれから」
邪魔にならないように一つに纏めていただけの私の髪は、カレンの手によってゆるくウェーブのかかった女の子らしい質感へと変化していく。
「お待たせ〜!」
そんな自分を少しぼうっとしながら見ていると、衣装を持ったスタイリストさんがメイク室へと入ってきた。
「ありがと! さ、水那着替えて」
「うん! 二人とも本当に有難うございますっ!」
一礼すると、私は急いで衣装に袖を通したのだった。