市来編
4
「なんだと!?」
撮影スタジオ内に社長の驚きの声が響き渡った。
今日は新製品のポスターの仮撮りがあって、市来さんだけでなく社長や他のスタッフもスタジオに集まって、モデルさんの到着を待っていたのだけれど……。
なかなかモデルさんが現れず、やきもきしていた所に社長への電話。社長の驚きと怒声で何かがあった事は容易に想像出来る。
「くそっ! 二度とこの事務所は使わん!」
そう言って苛立だしげに電話を切ると、社長は私達の方へと向き直った。
「あのモデルの所属事務所から電話があってな、今回の仕事は降りるそうだ」
「なっ! しかしもう契約は……」
「そうだ、普通に考えて有り得ない事だ。だが、現実にこうしてモデルが来る気配はない」
「そんな……」
スタッフのざわめきがスタジオを支配する。
仕事の分からない私でも、どれ位イレギュラーな事が起きているのか位は分かる。だって、こんなの……。
社長は僅かに思案する表情を見せたが、すぐさま意を決したように口を開いた。
「秀麗があのモデルを専属に雇ったらしい」
「な!? そんな! 確かに秀麗は長くうちとはライバル関係にあります! ですが……」
社長秘書である川島さんが驚きの声をあげるのを、社長は手だけで制した。
「ここらで勝負をつける気だろうな、秀麗は。モデル事務所には相当の金が流れたようだ」
「新しいモデルをすぐに手配します!」
そう言ってスタジオを出ようとした川島さんに、社長は軽く首を振る。
「いや、とにかく今は仮撮が優先だ。おい、葉月」
「はいっ!」
いきなり声を掛けられ、思わずビクッとしてしまう。だって今の社長はいつもの3倍は怖い……。体の奥底に怒りをしまいこんでるっていうか……。今の社長に逆らったら、どんな目にあうか分かったもんじゃない。
「お前がモデルの代わりをやれ」
「はいっ! 分かりま……えぇっ!?」
余りの恐ろしさに脊髄反射的に勢いよく返事をしたものの、私が、モ、モ、モデル〜〜〜!?
「あくまで仮撮の間だけだ。誰もお前にモデルの代わりが勤まるとは思っていない。ただこの中でモデルと購買層の年齢的に近いのはお前しかいないというだけだ」
「は、はぁ」
「今からカレンのとこに行ってメイクしてもらって来い。少しはその間抜け面を何とかしてくるんだぞ」
「……はい」
「急げ」
「はいっ!」
何か酷い事を色々言われた気がするけど、今はそんな事気にしてられない! 社長だって忙しいんだし、市来さんにだって次の仕事がある。少しでも私が役に立てるなら、何としてでも頑張らないと!
スタジオを出る時にちらりと市来さんの方を見たら、市来さんはスタッフにいつもの飄々とした調子で指示を与えていた。動揺とか、しないんだなぁ……。