春日編
9
私は、今日も慌ただしく美成堂へと出社していた。
あの新作発表会で見事最優秀賞を獲得し、美成堂のリップグロスは大ヒットしている。今日は社長室に呼び出されていて、いつも以上に緊張してたりするのよね。
コンコン
社長室をノックすると、返事とともにドアが開いた。
「お、おはようございます! 研修生の葉月水那と言います!」
顔を出した秘書の女性は私の挨拶ににこりと微笑み、
「おはようございます。社長から伺っています。こちらへどうぞ」
と言って中へ入れてくれた。
「ありがとうございます!」
秘書の女性に奥の部屋へ通されると、社長の机の前にある来客用ソファに良く知った顔が座っていた。
「春日さん……」
「来たな。よし、葉月、ここへ呼ばれた理由はきっと分かっていると思うが、これをお前にやる」
そう言って社長が差し出した紙を受け取る。
「―――採用通知書……あっ! ありがとうございます!!」
やった! 本当に私、美成堂の社員に採用されたのね!!
勢い良く頭を下げる。
「で、これから大学卒業までは、引き続き研修生として大学に行く日以外は出社してもらう。そこで、お前にもう一度尋ねるが……」
そこで言葉を切ると、社長は立ち上がって私の前へと歩み寄ってきた。
「希望の部署はあるか?」
「えっ……?」
どうしてそんな事聞くの? だって、私は―――
チラリと春日さんを伺う。
春日さんは静かに目を閉じて紅茶を口に運んでいるだけ。何も言ってはくれなさそう。
それもそうか。私の中では随分仲良くなったと思ってたけど、最初かなり嫌われてたし、丁度いい厄介払いが出来るって思ってるのかも……
―――でも、そんなの嫌だ。
「希望の部署なら、もう決まってます! 営業部以外、私が行く所はありません!」
春日さんがいない部署なんて、行っても意味が無いもの!
ぐいと社長を睨むように言うと、ふっと社長が顔をほころばせた。
「だそうだが、どうする? 雅?」
後ろのソファにいる春日さんを振り返ると、春日さんはカチャリとティーカップを置いて立ち上がった。
「ほら、僕が行った通りだったでしょ? 水那は僕の所以外行かないって」
「へ?」
「まあいい。取りあえず、懐かせた責任はしっかり取れよ」
「冗談! 責任を取るのは水那の方。さ、仕事行くよ」
そう言って私の手を取ると、春日さんは社長室を出て行こうとする。
私の頭はまだ事態を飲み込めなくって、社長に助けを求めるように視線を送った。
「まあ、精々頑張れ」